屋久島における植物分布調査の方法と結果の概要(2004)

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■屋久島の生物については、分類学者・生態学者によって、数多くの研究が行われてきた。しかし、屋久島における生物多様性の変動を継続的にモニタリングしている観測点は、実は、皆無である。

■屋久島は、西太平洋・アジア地域生物多様性国際研究ネットワーク(DIWPA)が設けている4つの日本国内観測拠点の一つに選定されている。しかし、実際にモニタリングが実施されている対象は、私が知る限り、森林の動態だけである。屋久島には、いくつかの「大規模な」(といってもせいぜい数ヘクタール規模の)長期森林調査プロットが設定されている。しかしそこでモニタリングされているのは、樹木だけである。

■ところが、現在、屋久島では、ヤクシカの増加によって林床植生が急速に失われつつある。その結果、日本では屋久島だけに自生していたコモチイヌワラビはすでに絶滅した。ヤクシマタニイヌワラビをはじめ、いくつかの固有種・希少種は、ヤクシカの選択的摂食により減少し、絶滅寸前の状態に至っている。現状を放置すれば、屋久島から相当数の固有種・希少種が絶滅するかもしれない。しかし、屋久島の固有種・希少種に関する、信頼に足る分布データは皆無である。そのため、環境省屋久島事務所にも、屋久島森林管理署・屋久島森林保全センターにも、どこに固有種・希少種が分布しているかについての資料がない。これでは、行政機関として、手のうちようがない。

■この事態を改善するために、屋久島全域をカバーした徹底した分布調査を行い、どこに固有種・希少種・絶滅危惧種があるかを定量的に記述することにした。シカの食痕の有無に関する調査も同時に実施しており、これらのデータをもとに、屋久島の全植物種に関する絶滅リスク評価を行いたいと考えている。はからずも、屋久島規模(約500ku)の植物の多様性を定量的に記述し、モニタリングする方法を開発することになった。以下に説明する方法は、単純だが、「生物多様性観測」を目標にするなら、今後他の地域でも採用されるべき方法であると思う。


■調査の方法は、100m×4mのトランセクト内に自生する種をすべてリストするという単純なものである。リストする対象は、同定可能な芽生えから、高木・着生植物までを含む。樹木に関しては、100m×4mの調査範囲に樹冠がかかっているものを全てリストした。個体数は数えていない。登山路や渓流に沿って、100mの巻尺による距離の計測を繰り返しながら、500mに1地点の間隔で調査を実施した。
■生態学者であれば、個体数も被度も記録せず、ただ種のリストだけを作るという調査法では、あまりにも得られる情報が乏しいと考える人が多いだろう。しかし、「種の分布」という現象を対象にする場合には、従来の生態学的研究よりもはるかに大きな空間スケールでの定量的情報が必要である。数ヘクタールの調査面積では、小さすぎるのだ。
■各調査地点では、「有無」(0または1)だけの情報であっても、調査地点の数が十分に多ければ、定量的情報が得られる。屋久島規模の空間スケールを対象にした生態学の研究に欠かせないのは、狭い調査範囲での詳細な情報ではなく、島全域での分布地点数である。



■トランセクトの両端には番号をつけた杭を打ち、再調査ができるようにした。001は尾の間歩道入り口にあり、002はその100m先に、003は002の400m先にある。 宮之浦岳山頂には075の杭があり、永田岳側に100m下った地点に076がある。
■永田歩道の番号は、101から始まる。歩道入り口からスギ植林を抜けて照葉樹林に入ってすぐの地点(尾根尻)に101があり、その100m先に102がある。076から永田岳に向けて約300m下った焼野三叉路の152で終わる。
■次のいずれかをクリックすれば、各杭の位置を示す地図・GPS情報が見れる。
 | 尾の間歩道 | 宮之浦岳 | 永田歩道 |
 | 各杭の緯度・経度・標高の情報(準備中) |
■各調査地点の環境については、現在調査中である。結果がまとまり次第、公表して、屋久島をフィールドにしている研究者が自由に使えるようにしたい。


001 & 002


■左図のように、永田歩道〜永田岳〜宮之浦岳〜安房林道終点〜尾の間歩道、のトランセクト調査を、2004年中に完了した。つまり、総計64地点で、維管束植物リストが整備された。このほか、
■このトランセクト調査にくわえて、「400m間隔」という基準にこだわらずに、安房林道と交差する枝沢、愛子岳の登山口から標高200m間隔の各地点、などに「100m×4m」のトランセクトを設定し、植物種の調査を実施した。2005年度には、赤線で示した林道・歩道沿いに調査地点を増やし、屋久島全域をカバーした分布データを得る予定である。
■維管束植物の調査を先行して実施した。これに続いて、コケ植物の調査が現在進行中である。
■さらに、アリ類の調査、ライトトラップによる昆虫の調査、陸棲貝類の調査が、進行中である。いずれも、各調査定点で、種のリストを作るという方法で、調査を実施している。
■土壌動物・菌類・地衣類などの調査も実施したいが、現在のところ、研究協力者が得られていない。調査に協力していただける方は、ぜひご連絡ください。



■各調査定点(「100m×4m」のトランセクト)の調査にあたっては、まず「10m×4m」のリストを作成し、次の10m区間からは、新たに出現した種を記録した。したがって、種の再調査にあたっては、「10m×4m」の地点を探索すればよい。この範囲なら、確実に再発見が可能であり、見つからなければ消失したと判定できる。すべての10m区間でリストを作れば、「100m×4m」内の種の存在量を定量化することができる。いずれは、一部の地点を選定して、この方法による調査も実施したいが、まずは、屋久島全域での分布情報を記述することを優先する。
■左図は、尾の間〜宮之浦岳〜永田歩道に至る64地点のトランセクト調査の集計結果である。横軸は調査地点、縦軸は種数である。最初の「10m×4m」区間の種数(緑の点)では地点間の傾向がさほど顕著ではないが、「100m×4m」区間全体の種数(青い点)では、尾の間に近い南斜面で種の多様性が高いことがわかる。



■左図は、64地点のトランセクトのうち何地点に出現したかを縦軸にとり、横軸に出現回数に関する種の順位をとったプロットである。このようなプロットに見られる傾向は、群集生態学において「順位−アバンダンス関係」と呼ばれる。植物では、プロットが指数関数に従うことが多い。この傾向は、「元村の等比級数則」と呼ばれる。
■縦軸を対数スケールにした右側の図から明らかなように、64地点のトランセクトデータは「元村の等比級数則」から明らかにずれており、分布が広い種は、「等比級数則」から予測されるよりもさらに分布が広い傾向がある。この傾向は、基礎生態学的に見て興味深いが、保全上は、以下の点が重要である。
■64地点で確認された462種のうち、232種(57%)は、4地点以下に限って出現した「島内希少種」である。このように、ある地域における植物の多様性の大半は、分布範囲の狭い「地域内希少種」によって占められている。この傾向は、植物に限らない。「生物多様性観測」では、このような「地域内希少種」の存在量を定量的にモニタリングする必要がある。ここで示した方法は、この目的を達成するうえでの、現実的に可能なモニタリング法である。
■標高などの環境傾度に沿ってトランセクト調査を行う方法には、「傾度セクト法」(Gradsect method)という名前がつけられている。この名前はやや語呂が悪い。屋久島で採用した方法は、「徹底した傾度セクト法」(Extensive Gradsect method)なので、EG法と略称してはどうかと思う。重要なのは、標高などの環境傾度を全体としてカバーする調査を行うこと、および、調査地点の数を多くとることである。
■64地点でも、まだまだ少ない。462種という数字は、屋久島で記録された維管束植物の種数の半数に、まだ満たないのだ。できれば1000地点のデータがほしい。当面、2005年度には、300地点のデータを得たい。



■左図は、尾の間〜宮之浦岳〜永田歩道に至る、64地点に出現した種のうち、出現回数のうえで上位にある20種の分布データ(エクセルの表)を示す。このようなデータが462種について得られている。
■上位7種は、サクラツツジ・ハイノキ・アセビ・コバノイシカグマ・ヤクシマミヤマスミレ・スギ・ヒメツルアリドオシであり、高木・低木・草本・着生植物を含んでいる。つまり、どの生活型にも、とくに分布の広い種が存在する。「分布パターン」という現象は、生活型には依存しないのである。
■なぜある種は広い分布域を持ち、またなぜある種は狭い範囲にしか分布しないのか、という問題は、生態学がまだ解決できていない、重要で面白い問題である。サクラツツジに近縁なヤクシマミツバツツジや、ヤクシマミヤマスミレに近縁はフモトスミレは、島内での分布域が狭い。これはなぜだろうか。
■そもそも、種の分布域は、いったいどうのようなメカニズムで決まっているのだろうか。この問題すら、生態学はまだ解決できていない。



■64地点の調査データから、もうひとつ興味深い傾向が浮かび上がった。左図は、分布域の幅と分布地点数の関係を示したものである。分布が比較的狭い種(たとえば、図示した分布地点が14以下の種)では、両者は比例関係にある。つまり、分布域内での分布地点の詰まり方(生育地点密度)は、どの種でも一定なのである。一方、分布の広い種では、生育地点密度がこれらの種よりも高くなる。分布の広い種は、分布が広いだけでなく、生育地点密度も高いのである(要するに、どこにでもある)。
■このような問題について、基礎的な研究から答を出していくことは、保全対策にもいずれは必ず役立つだろう。この問題についても、研究していきたいが、そうしている間に、屋久島の植物種が絶滅してしまっては、取り返しがつかない。
■屋久島は、保全対策に関わらずに、純粋に基礎的興味から、植物の研究を続けられる場所ではなくなってしまった。



■左の図は、尾の間〜宮之浦岳〜永田歩道に至る64地点で確認された462種のうち、1地点のみで発見された種の分布を示したものである。尾の間〜蛇の口滝付近にかけての南斜面にホットスポットがあり、山頂部にも希少種の分布が集中しているが、ヤクスギ天然林が発達してい尾の間歩道の中間標高地では、1地点のみの希少種が皆無である。これはヤクスギ天然林内ではもともと希少種がないためだろうか、それともヤクシカの摂食圧が影響した結果だろうか。



■左の図は、尾の間〜宮之浦岳〜永田歩道に至る64地点における、ヤクシカの食痕の分布を示したものである。南斜面と北斜面で傾向が異なり、尾の間歩道では、中間標高地の地点6−20にかけて食痕が見られ、永田歩道では低標高地に食痕が見られた。



■尾の間〜宮之浦岳における、ヤクシカの食痕の分布と、希少種の分布を重ねてみよう。左の図では、尾の間〜宮之浦岳間の38地点のうち、3地点以下にみられた種を「希少種」として、その分布を描いた。やはり、山地下部と上部に「希少種」のホットスポットが見られ、中間標高地では、「希少種」が少ない。「希少種」が少ないゾーンのうち、地点20より低い場所は、ヤクシカの食痕が見られるゾーンと重なる。しかし、地点21(安房林道終点より1.5km下)から地点28(スギ天然林から潅木林へと移行する地点)の間では、ヤクシカの食痕は確認できない。このゾーンでは、もともと希少種が少なかったのだろうか?
■実は、このゾーンにも、25年前にはより豊富な林床植生があったことを、私は記憶している。このゾーンでは、シカの摂食による林床植生の消失が進み、食痕の確認が難しい小型の植物しか残っていないために、データのうえでは、食痕がないように見えるだけだと思う。しかし、記憶だけでは、証拠にならない。そこで、屋久島各地で過去に実施された植生調査地点を再調査することで、林床植生の変化を実証できないかと考え、資料を探索した。




■過去の植生調査のデータの大部分は、(1)林床植生の調査がほとんど実施されていない、(2)調査地点を特定できない、という理由で、再調査に耐えるものではなかった。森林研究者は、調査にあたって、林床植物をほとんど無視していることを痛感させられた。
■しかし、ついに、待望のデータが手に入った。九大農学研究院森林計画学研究室の吉田茂二郎教授が1973年に設定された、天文の森固定試験地(1ヘクタールの大規模プロット)のデータである。この調査地では、25m, 50m, 75mの3つのラインに沿って、2m×2mの区画ごとに、ブラウンブランケ法による林床植生の調査が実施されている。1ヘクタールの試験地多くのは杭で標識されているので、2m×2mの区画をほぼ正確に再調査することができる。1973年以後の林床植生の変化がわかるのだ。
■左図のように、、25m, 50m, 75mラインに沿って、2m×2mの区画ごとに林床植生を調査する方法は、1ヘクタール規模の長期森林調査地で、ぜひ広く採用してほしい。




■左図は、天文の森試験地における種の出現頻度・平均被度の変化の予備的調査の結果である。2005年には、吉田教授らとの共同研究として、より詳細な調査を実施する予定である。
■左図の予備的結果から明らかになった点が二つある。一つは、普通種の2種(ハイノキ・タカサゴシダ)が増加し、希少種が消失していること、二つめは、平均被度が減少していることである。消失した希少種の中には、環境省植物レッドデータブックが絶滅危惧IA(CR)に指定している、ヤクシマタニイヌワラビが含まれていた。天文の森試験地の森林は安定しているので、このような林床植生の変化は、ヤクシカの摂食によってひきおこされた可能性が高い。25年前には、ヤクスギ原生林内でヤクシカを見ることは、めったになかった。しかし今では、原生林内でヤクシカが普通に見られるようになった。



■ヤクシマタニイヌワラビは、かつては小杉谷などに普通に見られる植物だった。しかし、ヤクシカの選択的摂食によって減少し、今では発見することが困難である。選択的摂食を受ける植物は、ヤクシカの密度の比較的穏やかな増加でも、深刻な影響を受ける可能性がある。この点を調べるために、尾の間歩道の3km地点で、林床植生のより詳細なモニタリングを開始している。2005年には、この場所での経年調査を行う予定である。
■左図には、屋久島の希少植物を絶滅させないための、緊急対策と、より時間のかかる対策をまとめた。緊急対策の2番目にあげている、保護柵については、安房林道の枝沢3地点に、今年度中に設置の予定である。3番目の「ヤクシカ摂食拡大のフロントでのモニタリング」は、尾の間歩道の3km地点で実施する調査である。
■このような調査の一方で、ヤクシカ増加対策に関する合意形成を進めていきたい。このウェブサイト開設も、そのために役立つことを願っての試みのひとつである。



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