中期目標・中期計画(2004年12月4日)


各研究室の「中期目標・中期計画」をウェブサイトで公表することになった。オリジナルな研究は計画できないもの、といった意見もあるが、少し先のことを考えて、文章化してみるのは、良いことだと思う。

〔10年計画の成果〕

九大に着任して、ちょうど10年が経った。実は、10年前に、10年計画というものを立てた。今で言う、中期目標・中期計画である。その基本方針は、次のようなものだった。

  1. 植物・昆虫・鳥類・哺乳類の各研究分野で、10年経ったら特色のある新しい成果が出ているようにしたい。
  2. そのためには、大学院生が持っているアイデアの芽を伸ばすことが大事だ。研究効率は悪くても、大学院生には自分のプロジェクトを持って研究してもらう。
  3. 私自身の研究プロジェクトは、科研費などで技術補佐員を雇用し、大学院生にたよらずに成果を出せるようにする。
  4. 大学院生が一流の国際学術誌に論文を出すのを当たり前にする。

より具体的には、次のような目標を考えた。

  1. 植物・動物を問わず、最適化モデルやESSモデルの予測にもとづく研究を伸ばしたい。数理生態学者が作ったモデルは、そのままでは検証に向かないことが多いので、実証研究向きのモデルを開発することで、オリジナリティを出していきたい。
  2. 旧生態研(小野研)の哺乳類研究の財産を継承したい。具体的には、ノネコを材料に、配偶者選択などの研究を伸ばしたい。
  3. 分子生態学を伸ばしたい。ただし、分子マーカーはあくまでも技術である。技術力よりもむしろ、使い方のアイデアでオリジナリティを出していきたい。
  4. 自分自身のプロジェクトとしては、ヒヨドリバナ・ステビアを材料に、有性生殖の適応的意義に関する研究を伸ばしたい。
  5. 植物・動物を研究しているスタッフ・学生が同じ研究室にいる利点を生かして、動物と植物の共進化に関する研究を発展させたい。

さらに、個々の目標について具体的な計画を考えた。古い「フロッピーディスク」に文書が残っているはずだが、いまさら探す必要もないだろう。過去をふりかえるより、上記の目標がどれだけ達成できたかを評価し、問題点を反省しながら、次の10年計画を考えよう。

「植物・昆虫・鳥類・哺乳類の各研究分野で、特色のある成果を出したい」という大目標は、他のスタッフの協力と、大学院生の奮闘によって、達成できたと思う。Molecular Ecology, Oikos, Functional Ecology などの一流誌に論文を書くことが、大学院生にとって当たり前になった。年間の論文生産数も、野外系の生態学研究室としては、かなり高い水準を達成できた。

上記の5つの目標については、次のような良い成果を出すことができた。

  1. モデリング研究の代表的成果として、Ohashi & Yahara (1999)モデルがある。植物の開花株上でのポリネータの最適採餌行動に、「短期記憶の上限」という新しいアイデアを導入したこのモデルは、ポリネータの訪花行動に関する基本モデルの一つになると思う。
  2. ノネコを材料にした配偶者選択の研究は、確実に進展した。論文としては Ishida & al (2001) が出版された。
  3. 性染色体上の分子マーカーを開発して、ツチガエルにおける季節的性比調節を明らかにしたSakisaka & al (2000) の研究は、オリジナリティの高い成果である。
  4. ヒヨドリバナとジェミニウイルスの系を使った、有性生殖の適応的意義に関する研究については、ジェミニウイルスの変異(Ooi & Yahara 1999 など)と、植物側の耐病性遺伝子の変異の両方を調べるところまで研究を展開できた。ステビアの研究では、共同研究者の協力を得て、適応放散過程では無性生殖より有性生殖が有利であることを示す有力な証拠を得た。
  5. 昆虫と植物の共進化に関する研究を本格的に展開するために、1999年に「キスゲプロジェクト」を開始した。その成果として、最初の論文を現在準備中である(Hasegawa & Yahara, in preparation)。

〔改善を必要とする課題〕

以上のような成果の一方で、問題点もある。私としては、下記の3点を改善することが、次の目標として重要だと感じている。

(1)大学院生の論文発表数を増やすこと。過去10年間をふりかえると、大学院生との共著論文数は、年2〜4報に留まっている。私の研究業績の中では、大学院生との共著論文よりも、学外の共同研究者との共著論文の比率が高かった。これは上記のような研究室の運営方針の結果であるが、大学院生をめぐる競争環境が激化していることを考えれば、大学院生にもっと論文を書くように指導する必要がある。

(2)論文の数だけでなく、質の点でもより高い水準を目標にしたい。生態学分野の一流誌に恒常的に論文を出すという目標は達成できたので、次の10年には、大学院生がときどきは NatureScience に論文を発表する状況を実現したい。

(3)「植物・昆虫・鳥類・哺乳類の各研究分野で、特色のある成果を出す」という目標は達成できたものの、特定のプロジェクトに力を集中して、大きなトレンドを作り出すことはできなかった。大学院生各自に独立の研究プロジェクトを用意するという方針の限界を感じている。次の10年には、大学院生の主体性や独立性に十分配慮しつつ、より組織的な研究プロジェクトを展開しようと思う。

〔進化生態学の第4ステージ〕

過去10年間に研究室で取りあげた研究材料は、植物・昆虫類・両生類・鳥類・哺乳類など多岐にわたっているが、いずれの研究も、「進化生態学」と呼ばれる方法論に依拠したものである。私見では、進化生態学は次の3つのステージを経て、発展してきた。

このような段階を経て発展してきた進化生態学は、いま再び大きな転換期にさしかかっていると思う。第2ステージの研究で用いられた量的遺伝学の手法とゲノムレベルの研究手段とを統合することによって、量的形質の遺伝子座(QTL:Quantitative Trait Loci)を効率よく連鎖地図上にマッピングすることが可能になってきた。その結果、生態学的に興味深いさまざまな表現型の「遺伝分散」を、QTLに連鎖した特定の分子マーカーに分割することが可能になった。いまや、「遺伝分散」というブラックボックスの中身を知る方法論が利用できるのである。

さらに、部分的に稔性(妊性)のある種間雑種を利用することによって、適応戦略上の種差に関与しているQTLをマッピングすることも可能になってきた。その結果、集団中に現在維持されている遺伝分散だけでは、種差は理解できない場合があることもわかってきた。第3ステージの研究が仮定していたように、遺伝分散の特性は、より長い時間スケールでは変化するのだ。

「遺伝分散」や「種差」を連鎖地図上にマッピングし、適応戦略を遺伝的に解剖したうえで、最適化モデルの仮定と予測を検証するのが、第4ステージの進化生態学である。進化生態学の発展を支えた最適化モデルは、あらゆる表現型に遺伝的基礎があることを仮定していた。その仮定が、具体的に解析可能になった以上、適応戦略を遺伝的に解剖する技術が、進化生態学の新しい時代を牽引するに違いない。このような革命的解析手段が登場した以上、進化生態学がゲノム科学と統合されるのは、時間の問題だと思う。このような統合を進め、「エコゲノミクス」と呼ぶべき新しい研究分野を展開したいものだ。

現在進めている 「キスゲ・プロジェクト」 は、進化生態学の第4ステージを開拓することを意図している。人為的な種間交雑によって、対照的な送粉シンドロームを持つ昼咲き種と夜咲き種の種差を分離させ、花形質の種差に関わるQTLをマッピングする。さらに、花形質の種差が分離した野外実験集団を、ポリネータの組成や利用度が異なる環境におき、ポリネータが分離した個々の花形質にどのように反応し、その結果、花形質にどのような自然淘汰圧が作用し、さらに個々のQTLがどのように子孫に伝達されるかを、実測する。このような研究と、花形質の最適化モデルや、ポリネータの最適採餌戦略モデルを統合し、より検証力の高い進化生態学を展開したい。

10年前には、このような研究はとても展望できなかった。良い時代になったと思う。しかし、一方で、個人ではとても全ての解析手段を使いこなせない状況が生まれている。第4ステージを開拓するためには、組織的な研究が必要だ。この点が、大学院生指導において、主体性や独立性に十分配慮しつつも、より組織的なプロジェクトを考え始めている理由の一つである。

〔10年計画で予期しなかった展開〕

過去10年間には、当初の10年計画ではまったく想定していなかった研究にも、取り組んできた。具体的には、次の4つの課題に、多くの時間を割いてきた。

以上の4つの「10年計画で予期しなかった展開」は、いずれも関連しあっている。ひとことで表現するなら、「生物多様性変動」に関する研究である。「気候変動」という言葉は広く使われているが、なぜか「生物多様性変動」という言葉は聞いたことがない。「生物多様性研究」と言えば、生物多様性を記述する分類学的な研究か、その保全に関わる研究を指すことが多い。しかし、いま、地球上の生命圏は、種の絶滅・特定種の大発生・移入種の急増などの、大変動をこうむっている。これらを「生物多様性変動」として総合的にとらえ、ミクロスケール・メソスケール・マクロスケールの解析結果を関連づけ、体系化する研究が必要とされている。九大新キャンパスや屋久島で始めた研究は、このような「生物多様性変動学」への、確かな一歩だと感じる。

九大新キャンパスでの生物多様性保全事業を研究として発展させ、九大に生物多様性研究の拠点をつくることを意図して、九州大学教育研究プログラム・研究拠点形成プログラム(P&P)「Aタイプ」に申請したところ、採択された。2004年度から3年間、学内共同研究を実施し、その成果をもとに、3年後に「九州大学生物多様性研究センター」を創立するという計画だ。関連する構想として、農学研究院には、演習林農場を中心とする「フィールド科学センター」構想と、熱帯農学研究センター生物的防除研究施設などを母体する「アジアリソースセンター」構想がある。これらの構想間でうまく連携をとり、「生物多様性・生命圏変動研究機構」のような組織が作れれば、すばらしいと思う。次の10年間には、次の世代の研究者に、アクティビティの高い組織を残す仕事にも、応分の時間を割きたいと考えている。

〔エコゲノミクスと生物多様性変動学の展開〕

結論として、次の10年間には、「エコゲノミクス」と「生物多様性変動学」という、2つの新しい分野を展開したい。生態科学の中で、一見両極に位置するように見えるこれら2つの研究分野は、実は密接に関係している。なぜなら、生物多様性変動の多くのプロセスは、進化的変化をともなっているからである。生物多様性変動に関する予測を行うためには、生物集団が環境変動に対してどのように進化的な反応をするかという問題を脇に置くわけにないかない。

2つの分野を同時に追求するのは、効率的ではないだろう。しかし、過去10年間の研究を通じて、基礎的な進化生態学の研究と、生物多様性保全に関する研究の両方において、評価に耐える仕事ができたと思う。次の10年間も、二兎を追いたい。知恵と体力さえあれば、二兎を捕まえることもできるだろう。

一般に、科学者は専門化する傾向がある。日進月歩の研究の中で、新しい研究成果を出し続けていくためには、細分化されたテーマを深く追求する必要があるからだ。しかし、その結果として、たとえば遺伝子組み換え作物を作っているバイオテクノロジストは、野外における生態系についてほとんど無知である。このような「専門家」ばかりでは、困る。社会は明らかに、視野の広い、学際的な人材を求めている。大学院教育という点でも、二兎を追う戦略は、社会のニーズに応えるものだと思う。

「エコゲノミクス」と「生物多様性変動学」という、2つの新しい分野を展開するうえでは、志を同じくする研究者との共同がかかせない。このページを読んで、一緒にやろうと声をかけてくれる人がいることを、期待している。


| 公式サイトに戻る | 個人サイトに戻る |