ヤクシカ増加の下での屋久島の植物:現状・絶滅リスク・保全対策

 

矢原 徹一(九州大学大学院理学研究院)

 

屋久島には、47種・2亜種・30変種の固有植物が知られている(Yahara et al. 1987)。これらは、中国大陸に類縁のある起源の古い植物と、屋久島であたらしく分化した種を含み、植物進化学上きわめて興味深い。ところが、これら固有種を含む多くの植物が、ヤクシカの摂食圧の増加により急速に減少している。私はこの状況に危機感を持ち、ヤクシカ・植物の双方をカバーするチームを編成して、調査を開始した。環境省環境改善技術等開発推進費の助成を受けて、平成18年度まで調査を行なう。この期間中には、シカの摂食から林床植物を保護する柵の設置も行なう。

ヤクシカの摂食による林床植生の変化は、「同一地点比較」、つまり過去に調査された場所で、植生を再調査することができれば、もっとも明白に実証できる。屋久島では多くの植生調査が実施されてきたが、再調査できるように場所を特定して、林床植生を調べた事例は、皆無に近い。唯一の例外は、九大農学部森林計画学研究室の吉田茂二郎教授によって継続調査が行われている固定プロットの1973年(設定時)の調査データである。この調査地点の再調査については、開始したばかりであるが、約25年間に林床植物が著しく消失したことがわかる。

より間接的な証拠としては、「地点間比較」、つまりシカの摂食圧が異なる場所間での植生の比較資料がある。この場合には、場所間でシカの摂食圧以外の要因にも違いがあるので、これらの要因の影響と、シカの摂食圧の影響を完全に分離することはできない。しかし、経年調査をしている間にも、シカの摂食による影響は拡大する可能性が高いので、「地点間比較」調査を実施した。

安房トロッコ道沿いに、約50mおきに20個の調査地点を設け、摂食を受けている種数、個体数などを記録した。みかん園に犬が放されているトロッコ起点付近では、摂食の程度は軽微だが、起点から2-4km区間では、シカの摂食が著しい。とくにヘラシダ属の種とヘツカシダが優先的に食べられ、大きな影響を受けていた。

より大きな地理的スケールで、シカの摂食圧を調べ、また、希少植物がどこに残っているかを確認するために、尾之間から宮之浦岳・永田岳を経て永田までの登山路沿いに、64地点の常設調査区を設け、100m×4mのトランセクト内のすべての種をリストした。これらの調査区は、400m間隔で設置されており、100mのトランセクトの起点と終点には、番号杭が打たれているので、再調査が可能である。

これら64地点の調査によって、462種の植物が記録されたが、そのうち98種は1地点のみに分布する。これら「希少種」の分布集中度を調べた結果、尾之間歩道入り口から蛇の口の滝までの区間に集中していることがわかった。一方、シカの食痕は、尾之間歩道では、蛇の口の滝上部から乗越にかけて多い。この地域では、シカの摂食によって、林床植物が大きく減少した可能性がある。シカの摂食圧が、蛇の口の滝よりも下部に進行・拡大するかどうかは、屋久島の植物の多様性を保全するうえで、死活問題と言える。現在、この地域におけるシカの摂食圧の変化をより詳しくモニタリングしている。

今後は、以下のような調査を計画している。

(1)100m×4mのトランセクトによる植物分布調査を屋久島全域に拡大し、希少種・絶滅危惧種の分布と、シカ食痕の分布を、全島規模で明らかにする。

(2)GISを利用して、希少種・絶滅危惧種の分布と、シカ食痕の分布に相関する要因を抽出し、調査を行なっていない地域についての推論を可能にする。

(3)1973年の調査データがあるプロットにおける林床植物の再調査データ、2004年〜2005年にかけての変化、標本記録などから、シカの増加がどの程度希少種・絶滅危惧種の生育地点を減少させたかを評価する。

(4)上記の資料、および夜間センサスデータから推論されるシカの増加率を用いて、屋久島の希少種・絶滅危惧種の絶滅リスク評価を行い、保全対策が急がれる種を特定する。

(5)保全対策が急がれることが明白な種の分布地点を選び、シカ防護柵を設置し、柵の設置が種の絶滅リスクをどの程度緩和するかを評価する。

おそらく、調査期間内に、ヤクシカの摂食が進行・拡大しており、ヤクシカの管理なしでは、希少種・絶滅危惧種の絶滅が避けられないことが明らかになるだろう。尾之間歩道下部のように、林床植生や希少種・絶滅危惧種が残った地域において、駆除圧を高める措置が、もっとも現実的な対策だと考えている。この対策の妥当性を検証しつつ、島民・自治体・国の機関との合意形成をはかり、現実的で有効な保全対策の実現にむけて努力したい。


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