日本植物学会富山大会シンポジウム

2005年9月21日

遺伝子組み換え植物の開放系研究と開放系利用

―科学者は合意形成に向けてどう対処すべきか?―

オルガナイザー:矢原徹一(九州大学大学院・理学研究院)・芝池博幸(農業環境技術研究所)

 

  

プログラム

9:30-10:05 遺伝子組み換え植物の生態的リスク評価と合意形成
矢原徹一(九大院・理学研究院・生物)・芝池博幸(農業環境技術研究所)

10:05-10:40 近縁野生植物への遺伝子浸透とGM植物の許認可
嶋田正和(東大院・総合文化研究科・広域科学)

10:40-11:15 遺伝子組換え植物に関する取り扱いルール及び社会受容
田部井 豊(農業生物資源研究所)

11:15-12:00 総合討論
コメント
福田裕穂(東大院・理学系研究科・生物科学)
大森正之(埼玉大・理・分子生物)

  

「遺伝子組み換え植物の生態的リスク評価と合意形成」
矢原徹一(九大院・理学研究院・生物)・芝池博幸(農業環境技術研究所)

 遺伝子組み換え植物の研究・開発に携わる研究者は、安全性について問題なければ、栽培や利用にも問題がないとしばしば考えがちである。しかし、遺伝子組み換え植物の開放系利用にあたっては、遺伝子組み換え品種の遺伝子が野外に拡散するリスク、遺伝子組み換え品種が栽培されることによる地域農業への影響(ブランド力の低下など)、除草剤使用法の変更など耕作体系の変化が引き起こす生態的リスク、などの問題があり、これらの問題全体を提示したうえで、生産者・消費者・自治体との合意形成を進めることが必要となる。このシンポジウムは、これらの問題に関して、植物学会会員の間で議論を深め、合意を形成することを目的としている。

まず、遺伝子組み換え植物の問題を議論するうえでの、3つの規範を提示したい。

(1)科学的命題と価値的命題を区別することが重要である。科学的命題とは実験や論理などによって、正しいか間違いかの判定が可能な命題である。一方、価値的命題においては、何らかの価値観(基準)にもとづいて、良いか悪いかの判断ができるだけである。遺伝子組み換え植物が人間の健康にとって安全かどうかは科学的命題であるが、それを栽培してよいかどうかは価値的命題である。

(2)「リスク」という考え方が重要である。人体の健康にせよ、生態系の健全性にせよ、多くの要因の相互作用によって維持される複雑な過程である。したがって、予測に不確実性が生じる。このような不確実性を、「リスク」として評価することが重要である。

(3)人間の心理的傾向を考慮することが重要である。「リスク」に対する人間の反応や、「遺伝子」のような「本質的なもの」を改変することへの人間の反応には、心理学的な背景がある。それは決して非科学的なものではなく、人間が進化の過程で獲得した心理的性質として、科学的理解が可能なものである。

 また、合意形成における科学者の役割は、自らの価値観を主張するよりも、上記のような規範や、さまざまな科学的知見を提供し、十分な議論を積み重ねることである。

  

近縁野生植物への遺伝子浸透とGM植物の許認可
嶋田正和(東大院・総合文化研究科・広域科学)

 GM作物は、日本では農林水産省・環境省合同の総合検討会議・農作物分科会におい て審査され、競合上の優位性/有害物質の産生性/交雑性の3点から評価されている 。前者2つは温室や隔離圃場の試験によって数年の期間で定量的評価が可能である。 それに比べて交雑性は、自然生態系での調査が広い地域に渡って長期間かかり、さら に確率過程の問題がいっそう困難にさせている。それは、近縁野生植物がGM作物との 交雑により導入遺伝子を受け取ると、やがて野生植物個体群に遺伝的浮動(確率過程) が絡むので、条件が同じでも時には導入遺伝子が消滅したりあるいは蔓延したりと、 現象が揺らぐことである。

 その場合に、選択的優位性が付与され野生種が強雑草化する、あるいは有毒物質産 生性が付与され周囲の野生植物を駆逐する可能性が懸念される。この場合、作物と近 縁野生種とでどのくらい雑種の稔性が発揮され、どのくらい迅速にその野生植物の集 団に遺伝子浸透していくかは、既存のデータが非常に乏しい。さらに、誤った考えと して、その遺伝子を受け取った野生植物が自然界で選択上の有利性を発揮する可能性 はないので、遺伝子浸透が広く拡大することはない、といった意見が一部に見られる。 しかし、仮に組換え遺伝子が自然生態系で中立であったとしても、Kimura(1968)の中 立説を引くまでもなく、万が一にはその近縁野生種個体群に広く浸透していく可能性 がある。これは遺伝的多様性の保全の観点からも看過できない。

 このような状況で、農林水産省や環境省の研究機関は、GMダイズやGMセイヨウナタ ネについて交雑性の調査を開始している。この調査と並行して、我々は木村の中立説 モデル(反応拡散方程式による遺伝子頻度の確率分布動態)を拡張して、自然生態系 としてのメタ個体群を模倣した二次元格子モデルの数値シミュレーションを紹介する。 多方面からの総合的な研究戦略が必要なのである。そして、交雑性の観点からGM作物 の許認可はどのような社会的合意をもって判断すべきかを探りたい。

  

遺伝子組換え植物に関する取り扱いルール及び社会受容
田部井 豊(農業生物資源研究所)

 遺伝子組換え生物や科を超えた細胞融合生物の国境間移動により、新たに導入された国々における生物多様性を保護する観点から、生物多様性条約の下に「バイオセー フティに関するカルタヘナ議定書」(以下、カルタヘナ議定書という)が合意された。我が国では、カルタヘナ議定書を遵守するためにカルタヘナ法が策定され、組換え 植物を試験的または商業的に栽培しようとする者は、カルタヘナ法に基づく認可を得て利用することが義務づけられた。

 一方、組換え生物由来の食品の安全性は、CODEXに おける国際的な議論を踏まえて内閣府食品安全委員会で厳正な安全性審査が行われ、組換え農作物を飼料として利用する場合には飼料安全法に基づき、やはり食品安全委 員会において安全性が評価される。 カルタヘナ法により野外栽培等が認可された組換え農作物であっても、商業栽培されている非組換え農作物との交雑や混入による生産・流通上の混乱を避けるために、農 林水産省は「第1種使用規程承認組換え作物栽培実験指針」を定め、農林水産省所管の独法研究機関に対して、非組換え農作物との交雑防止や情報提供のための説明会等の実 施を求めている。また、地方自治体においても独自に定めた条例や指針等により、様々な組換え農作物の栽培規制を行っている。

 これらの規制は、組換え農作物を栽培することに起因する風評被害を恐れるためであろう。これまで、組換え農作物の試験栽培により風評被害が発生したことはないが、 国内で積極的に商業栽培される際に、非組換え農作物に対する風評被害を起こさないための取り組みが必要である。その対策の一つとして、一般消費者に対して組換え農 作物に関する適切かつ十分な情報提供が行われることが必要であり、そこでメディアが極めて大きな役割を果たすことになる。同時に、メディアの不用意な情報が風評被 害を誘導することを考慮すると、まず行政や開発者等からメディアへのアウトリーチが重要になるのではないか。

 将来的には、組換え農作物、非組換え農作物、有機農業のいずれにも権利を認めた共存のためのルール作りが、日本において必要になると思われる。

  

総合討論