聞き取り調査チーム草稿


2005年1月19日(嶋岡隆行・渡邊祐子)


  • 元岡キャンパスってどんなとこ?
  •  「来年からは元岡だよ・・・」これは工学部の友人が悲しそうに言った一言。皆さんも元岡キャンパス移転のマイナス面にばかり目がいっているのではないですか。確かに都会の華やかさはないけれど現在のキャンパスにはない部分がたくさんあります。

     みなさんはホタルが好きですか? 暗闇の中に小さな点の光を無数に瞬いている、そんな情景嫌いという人は少ないのではないでしょうか。元岡キャンパスではすぐ近くでそのような情景を楽しむことができるのです。

     生物多様性を維持するため生物の保全という取り組んだ結果、新キャンパス内には森林、池などの多くの生物保全ゾーンが作られています。元岡キャンパスは自然が豊かなキャンパスなのです。キャンパス周辺に存在する多くの池に行けば、現在あまり見かけなくなっているとニュースなどでも取り上げられているメダカを見ることができ、また多くの水生昆虫やカスミサンショウウオなどの珍しい生物も生息しています。キャンパス内の森の中にはタヌキ、ウサギ、イタチ、テン、アナグマなどの哺乳類も生息しています。そしてそれらの生物が暮らしてゆける豊かな森が広がっていますし、先ほど書いたようにホタルの生息地も存在します。学生生活を送りつつ疲れたときには自然の中を散歩してリフレッシュするなんてのもいいかもしれません。

     元岡キャンパスには多くの生物がいることは簡単に説明しましたが元岡キャンパスにおける生物多様性は自然のみによってはぐくまれたものばかりなのでしょうか? 答えは違います。そこには人の影響がかなりあると言えます。生物が生きてゆくには生活を営む場所が必要です。それは森の中や水辺です。そしてそれらは人々が生活に利用してきた里山であり、水田なのです。つまり生物の多様性は人の自然との関わりと深く結びついているといえるのです。次に里山と人の関わりが生物多様性にどのくらい役立っているのか見てみましょう。


    まずはじめに、みなさんは里山がどんなところか知っていますか?イメージとしては、そうですね、「となりのトトロ」にでてくるような風景でしょうか。やや説明的に言うと、里山とは、人里近い二次林のことを言います。二次林というのは、その土地にもともとあった森や林、原生林が、伐採や風水害によって破壊された後に、自然に成立した林のことです。そうした里山は、古来、深く人間の日常生活と関わり、人間の管理によって維持され、その土地の農業や人々の生活にとても重要な役割を果たしてきました。

    里山と人々の暮らしの関わりについて話を始める前に、まず、桃太郎の冒頭を思いだしてみてください。「おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に…」というあの一節です。皆さんは、「芝刈り」というのが何か疑問に思ったことはありませんか?私は、まだ小さい従弟に絵本を読んで聞かせていた時、「芝刈りって何?」と聞かれて困ってしまったことがあります。細い枝を背中に担いで山を降りるおじいさんのイメージはあるけど、そういえば芝刈りって何なんだろうと。言うまでもなく、芝刈りは、山で小さい雑木を刈ったり拾ったりすることで、それらは燃料として利用されます。電気やガスの普及により、薪を使うことのなくなった現在、子供たちが「芝刈りって何?」と思うのも不思議ではありません。

    この芝刈りの例が挙げられるように、昔は、人々は日常的に山へ出かけて、そこで日々の生活の糧となるものを得てきました。ここで、桃太郎のおじいさん、おばあさんの暮らしがどのようなものであったのか、タイムスリップして、その暮らしをちょっと覗いてみましょう。

    コケコッコー。朝、おじいさんとおばあさんは鶏の鳴き声で目を覚まします。おばあさんは、早速朝ごはんの準備に取り掛かりました。かまどに薪をくべて、煮炊きをしているようです。何やら、いいにおいがしてきました。そのころ、おじさんはというと、牛と馬に餌の干草をやっています。さて、二人は朝食を済ませ、出かけました。おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に、です。この日は、まだ、桃がどんぶらこ〜と流れてはこなっかったようですが、一仕事終えた二人は、家でこんな話をしています。「おじいさん、私たちもそろそろ子供が欲しいわね」「そりゃあ、おまえ、この年で授かるのはもう諦めたほうがよかろう」「そうねぇ、でも…」なんだか、暗い雰囲気になってしまいました。(でも、おばあさん、安心してください。近々、上流から桃が流れてくる予定ですから。)昼ごはんもそこそこに、二人はまた仕事に取り掛かります。今度は、おじいさんは畑に、おばあさんは山へ向かいます。おじいさんは牛をひいて、畑を耕しています。おや、今日は牛の機嫌が悪いようですね、餌が足りなかったのでしょうか。おじいさんは、明日は山へ下草刈りに行って、たくさん餌を持って帰ろうと思いました。一方、おばあさんは山で今日の晩御飯の材料を探しています。山菜と茸が採れたので、おひたしと茸ご飯にすることにしました。おばあさんが家へ帰ると、おじいさんが薪をくべて、お風呂の湯を沸かしているところでした。晩御飯を済ませ、お風呂で一日の疲れを癒した二人は、早々と床に就いたのでした。

    さて、どうでしょう。二人の暮らしぶりから、里山と人々との関わりが垣間見えたのではないでしょうか。そこで、今度は、人々の山での営みが、どのように里山の維持に役立ってきたのかをみてみましょう。

    まず、おばあさんはかまどに薪をくべて煮炊きをし、おじいさんはお風呂を沸かしましたね。その薪は、おじいさんが山へ柴刈りに行って取ってきたものです。また、下草刈りをして取ってきた草や落ち葉は、牛馬の餌となったり、堆肥の材料になったりします。柴刈りや下草刈りをすることにより、低い木や草木は定期的に刈り取られます。これが、里山の森の、明るく開放的な空間を維持するのに役立ちます。

    また、木々は十分に成長すると、伐採されて、薪や炭になったり、時には茸を栽培するためのほだ木として利用されます。間伐され、大木となる前に伐採されるため、うっそうと木々の枝が生い茂る暗い森になることはありません。適度に地面に日光が差込むことにより、そこでも新たな生命が育まれます。

    (・・・・・・・あとひとつふたつは例証したい)

    このように、里山は、人間が関わることによって、安定した環境を維持してきました。ですから、そこでは、原生林とはまた違った里山独自の生物の多様性が展開されてきたわけです。そして、その生物多様性というのは、その地域の歴史・文化を反映しています。その意味で、里山は、自然と人間の「共同作品」と言えるでしょう。

    しかし、現在、こうした里山の多くは放棄され、荒廃しています。かつてのかまどは、ガスコンロやガスレンジに姿を変え、薪や炭は、石油や石炭や電気に燃料としての主役の座を奪われてしまいました。また、牛や馬は耕運機や自動車に取って代わられて、多くの農家で見かけなくなりました。そして、彼らの餌を得に、山へ入って草を刈る必要がなくなりました。こうして、人と里山との関係がだんだん希薄になっていきました。経済的価値を失った里山は、管理が行き届かなくなり、うっそうと草木が生い茂り、木々はとうに伐採の時期を過ぎ、枝葉が日光を遮るようになります。明るく開放的だったかつての里山の風景は失われて、山菜や茸を採りに山へ入るのも難しくなってしまいました。山すそから頂までモウソウチクに覆われて、単一の植生になってしまった森林も少なくなく、そうしたところで、かつての里山の生物多様性が失われていることは想像に難くありません。そして、新キャンパス用地の元岡も、例外ではないのです。

     では、人が昔のように里山を生活に必要としなくなってしまった現在、どのようにして以前のように里山を守ってゆけばよいのでしょうか?以前は里山は生活を営むため自然に人との関わり合いをもってきました。里山とかかわることを当然としなくなった今、私たちは自ら進んで関わり合いを持ってゆくことが必要なのです。

     そのため今日本の各地で里山の保全活動に取り組んでいる団体が多くなってきています。実際に元岡新キャンパスでも里山保全の取り組みがなされています。現在元岡新キャンパス内を中心に生物多様性の保護や人と里山の環境の維持などを目的に活動している環境創造舎という学内NPO法人を知っていますか?環境創造舎はこれらの目的のためにさまざまな活動を行っています。例えば人の手の入らなくなった里山に大繁殖しほかの植物を侵食してしまう孟宗竹やほかの植物に比べて非常に繁殖力の強い外来種のセイタカアワダチソウの伐採や日本の生物多様性に欠かせない存在である水田を作ったり、堆肥ヤード作り、たけのこ掘りやどんぐりを植えるイベントを催すなどその活動は非常に幅広いものです。また元岡には市民による団体、福岡グリーンヘルパーの会あります。「未来に美しい豊かな自然を残す」をモットーに従来あった里山の自然を取り戻す、既存樹木の保全、育成、保護などの活動をしています。

     

  • これからの元岡キャンパス  九州大学が元岡キャンパスに移転することによって元岡の自然は大きく変わってしまうのでしょうか?今ある田んぼは残るのでしょうか?木々や草花はこの先ずっときれいな花をつけてくれるのでしょうか?今はどちらとも言うことができません。何故ならそれは皆さんの手にかかっていると言えるからです。

     里山などの自然は人が関わることで生物の多様性を維持してゆくことができます。つまり元岡キャンパス内の自然を守ってゆくのは九州大学の学生自身なのです。皆さんが今ある自然を残したいと思うことが大切です。その気持ちを持って積極的に元岡の多くの自然と関わっていきましょう。そして多くの生命を育み私たちの生活を豊かにしてくれる自然に少しの恩返しの意味をこめて森の手入れをしてあげることができれば元岡キャンパスの自然は必ず今と変わらず豊かなままで残ってゆくに違いないでしょう。

     そのために先ほど紹介した環境創造舎や福岡グリーンヘルパーの会の活動に参加してみるのもひとつの手です。これらの活動を、学生と子供たちと市民の方とで協力して行うことで里山の自然の素晴らしさや管理の必要性をお互いが理解することにつながるでしょう。こうした活動が新キャンパスの中で活発に行われていることによって、地元の方と大学生が一体になり、新キャンパスの自然を守っていく体制を築くことになります。

                                                                                                                                                                                                                                                        
     元岡ではぐくまれた多くの生き物や植物たち。それらの生物がこれまでと変わらず同様に生きてゆけるかは皆さんの自然を大事に思う気持ちが鍵を握るではないでしょうか。