元岡の森林生態系存続をかけて

 

T.はじめに

 

 いのちに溢れている森。植物は光合成により自らの体を充実させていく。植物を昆虫などが食べ、昆虫は小鳥に、小鳥はより大きな鳥や肉食の動物達に食べられる。彼らは森で死に、菌類によって朽ち果て、土壌にかえり植物の生長を確かなものにしていく。森の中では日々こうした営みがなされているのだ。

 

 そうした森のなかでも、生態系多様性の輪のなかに人が深く関わっているのが里山である。それは里に住む人間が山に入り、間伐や枝打ちなど適度に手を加えることによって、生存力の強い植物種だけが育つ極相に遷移することを防ぎ、さまざまな種類の草木、しいてはそれらをねぐらや糧とするさまざまな動物達を共生させることのできる場であるからだ。

 

しかし日本の都市化が進むにつれ里山は、開拓地として乱暴に削られるか、放置され競争力のすさまじいモウソウのはびこる味気のない雑木林へと変貌した。高度経済成長期、公害問題が取り沙汰されてから、人々は環境問題に関心を持つようになったが、珍しい山林や絶滅危惧種を対象にすることが多く、身近にあった里山が議題にのることは少なかった。それでも10年程前からようやく里山の生物多様性、社会的重要性が見直されはじめ、今では多くの人々が試行錯誤を繰り返しながら里山の保全、管理に取り組んでいる。

 

九大移転予定地である元岡の森林も、常緑広葉樹、落葉広葉樹、スギやヒノキなどいわゆる里山の特徴を持つものである。移転予定計画では、用地面積の32%を占めている森林を14%まで減少させることになる。このことが予定地内の生態系や生息する希少生物に悪影響を及ぼす事は容易に想像できる。

 

そこで保全事業の議題となるのが「減少する森林面積のなかでいかにして森林とそれに依存する生態系を守るか」である。しかしこれはただ木を植え、森林面積を確保すればよいというだけの問題ではない。種の多様性の保全という観点から、以前より質の良い森林の確保が必要となる。そこで移転予定地内の森林の植生や、動物の生態を調査し、その結果からどのような植生の森林を管理し、どのように動物達と付き合っていけば、安定した生態系を損なわずにすむか、ということを考えていきたい。

 

 

 

 

U−1.森林の現状

 

私たちは現在の森林の植生がどのようになっているのかを調べるため、移転予定地内の里山に入って尾根沿いに歩き、その間左右2mの範囲に生えている草木を記録した。そして歩いた区間を等間隔に25等分し、確認された2m以上の成木の本数を種類ごとに、下草は種数をグラフ化した図が、資料1である。これをみると明らかに竹(モウソウチク)の多い場所で他の草木の本数、種数が極端に減少している。これは何故か?

 竹は毎年春になると新棹を伸張させる。竹の棹やタケノコの採取を中断すると、年を追って棹の数が増えて密生状態となる。竹は密生状態になると、周囲に向かって地下茎を伸張する。九大移転予定地の場合、周囲はアラカシ、シロダモなどが優先する雑木林である。

そのため、必然的に雑木林の中に棹を展開することになる。

 竹は約一年で棹を伸ばしきり、雑木林の林冠まで達して枝葉を展開する。この竹の棹と枝葉の密度が増すと、雑木林の低木層や草木層の植物は、光不足と競合によって衰退する。さらに、林冠においても、他の木々と競合し、しだいに雑木林の林冠構成種をも駆逐していく。このため竹林では植生の単純化がすすむのである。

さらに資料1のグラフを見てみると、成木の本数が極端に多くない場所では、下草の種数が豊富であることがわかる。これは成木による太陽光の遮断が少なく、林床まで光が届いて種子が発芽しやすいためである。

 

U−2.改善策

 

 ではこれらをふまえた上で、どのような調節を加えれば森林の多様性が回復するかを考えてみよう。

 まず竹についてであるが、竹林の周辺への拡大を抑え、竹林としての環境構造や景観を維持するためには、春にタケノコを採取し、秋〜冬に棹を採取し、一坪当たり一本程度に管理することが適正であると思われる。拡大した竹林を取り除くためには、伸張した地下茎を掘り取る必要がある。地下茎を掘り取るのが困難な場合は、毎年、45月に発生するすべてのタケノコを採取し、さらに、そのあとに発生する新棹も6〜8月に刈り払い、徹底的に衰弱させる必要がある。

 林床照度の維持については、定期的な成木の間伐、枝打ちを行えばよいだろう。間伐は病気の木や老衰した木のみに対して行い、枝打ちは年に4回程度、光を特にさえぎっている部分を刈るといい。またある程度成長した下草を、比較的成木の多いエリアに移してやることも有効な方法である。

 

 

 

V−1.森林に暮らす動物達の生態

 

元岡ではタヌキ、ノウサギ、アナグマ、キツネ、テンの生息が確認された。これらの野生動物の生息に直接関与する事柄として、餌、繁殖環境(巣穴など)、行動圏の大きさに注目し、彼らを保護していくのにどのような環境が必要かをまとめ、元岡の現状と比較してみた。

 

1.餌の確保

 動物が生息していく上で、餌は欠かせない。餌の確保が彼らの活動の中心であり、行動圏、巡回路は餌場に依存する部分が大きいと考えられる。一般に哺乳類では餌が集中分布していれば、行動圏は小さくなり、その逆であれば大きくなる。(日の出町のアナグマの行動圏の内部構造)このように、食性を知ることは彼らの活動様式を理解する上でも重要である。そこで、まずタヌキ、ノウサギ、アナグマ、キツネ、テンの一般的な食性を以下にまとめる。

 

<タヌキ>

もともとは肉食だが雑種傾向が強く、ネズミ類、ミミズ、両生類、爬虫類、昆虫類、

果実、残飯などを食べる。                      

<ノウサギ>

典型的な草食性で、主食は青草、木の芽、葉、小枝、樹皮、野菜、穀類などを食べる。

<アナグマ>

肉食性だが植物質も食べ、動物質ではミミズやヤスデなどの土壌に棲む小動物や、昆

虫、時には小型の鳥類や哺乳類も食べる。植物質では果実、草木の若葉や根を食べる。

<キツネ>

 ノウサギ、アナウサギ、ネズミ、小型鳥類などが主な獲物。昆虫、果実、残飯なども食

食べる。

<テン>

 肉食性だが植物質も食べよく果実を食べる。動物質ではハチ、サワガニ、魚、カエル、 

トカゲ、小鳥などを食べ、残飯も食べる。

                      (動物観察事典、狩猟読本、生物図鑑)

 

 主に土壌に棲む小動物、昆虫、草木、果実などが彼らの餌となっているようだ。ウサギ

は草食性で、その他はもともと肉食性である。しかし肉食性であっても果実や残飯なども

食べ雑食傾向にあるようだ。草食性、肉食性を問わず、多様性を持った森林が重要な餌の

供給源となっていることは確かであろう。森林の樹木は果実を実らせ、林床は草木で覆われ、土壌には多種多様な小動物が生活している。保全ゾーン内にも、一部竹林が広がっているものの、多様性に富んだ森林が存在する。また、いくつかのため池があり両生類が多く生息する。この水辺環境がより多様性を持った環境を生み出していると考えられる。今後もこの多様性を持った環境を維持していかなければならない。

 また元岡に棲む動物間の捕食・被食の関係であるが、ノウサギの天敵はキツネである。

また元岡に多く生息するアカネズミはタヌキやキツネの重要な餌となっていると考えられる。

 森林に餌が不足する冬季はどうしているのだろうか。ノウサギの場合、冬季になると植樹したスギやヒノキの若い木に食害を与える。北方のタヌキは、秋にたくさん食べて太り、寒くなると冬ごもりするが、ここ九州のタヌキは冬ごもりしないようだ。人家の残飯をあさる頻度が増えるのではないだろうか。他に残飯をあさるキツネ、テンなども同様であろう。

 

2.繁殖環境

 餌の確保と並んで、動物の活動において最も重要なのは、繁殖である。タヌキ、ノウサ

ギ、アナグマ、キツネ、テンの繁殖時期と、繁殖場所としての役割が大きい巣穴について

知ることで、彼らが繁殖しやすい環境とはどのようなものかをまとめてみたい。

 

<タヌキ>

 アナグマが掘った穴などを利用して、春に3〜5頭ほどの仔を産む。

<ノウサギ>

 年に数回、早春から秋までに連続して出産を繰り返し、一度に14頭の仔を産む。巣穴

は作らない。

<アナグマ>

 通常4月頃に、一度に34頭の仔を産む。普通谷に面した森林の斜面の地中に巣穴を作

る。夏穴と冬穴があり、夏穴は繁殖の、冬穴は冬ごもりのための穴である。 

<キツネ>

 春先に、平均4頭の仔を産む。自分で巣穴を掘ることもあるが、木の根や岩の隙間を利

用したり、アナグマなどの巣穴を借りたりすることが多いようだ。

<テン>

 夏に交尾し、翌年春に24頭の仔を洞窟などに産む。

 

 動物たちは、自分で掘った巣穴や、他の動物が掘った巣穴を利用したり、自然にある洞

窟などを利用したりしているようだ。繁殖時期としては春が多い。巣穴に適した環境とし

ては、土壌水分が影響すると考えられるため、谷に比べて乾燥している尾根が衛生上有利

である。西向き斜面は、一般に夏期の日照が厳しく、土壌の水分消費量が多いため崩れや

すく適さない。またカバーとなる大岩や、根元に巣穴を作れる大木のある場所が巣作りに

適している。(日の出町のアナグマの行動圏の内部構造)保全ゾーンで巣穴の存在は確認し

ていないが、南北斜面を持った尾根地形で、大木もあることから、巣穴を作れる環境であ

ると考えられる。このことから、地形そのものの保全が動物を保護していく上で重要であ

ると言える。

 

3.行動圏の大きさ

 先に述べたように、行動圏の大きさは餌の分布状況に大きく関与していると考えられるが、平均的な行動圏の大きさは種によってかなりの差が見られる。行動半径は小さい順に、ノウサギ(約300m)、テン、アナグマ(約12q)、タヌキ(約6q)、キツネ(約12q)(狩猟読本)である。ノウサギ、テン、アナグマは保全ゾーン内を行動圏としていると考えられるが、タヌキ、キツネは行動半径が大きく、行動圏の一部として保全ゾーンを利用しているようだ。よって、保全ゾーン以外の地域とのつながりにも目を向ける必要がある。重要なことは、なるべく彼らの行動圏を道路などで分断させてしまわないことだ。道路上で車に引かれてしまった野生動物をときどき目にする。彼らにとって、道路は危険な障害物である。

また交通事故にあう哺乳類の大部分がタヌキであるというデータがある(日本道路公団)。特に、繁殖や交尾のために動き回る春先や、親から離れて分散が始まる9〜11月ごろに事故が起こりやすいようだ。行動圏の大きさから考えて、元岡のタヌキやキツネが交通事故にあう危険性は今後高くなるであろう。ドライバーに注意を促す看板を設置してみてはどうだろうか。

結論

森林の多様性に富んだところには動物が多く、竹林には動物が少なかった。竹林には他の種類の木はほとんど見られない。このことから、動物の個体数維持には森林の多様性が必要であると考えられる。

タヌキやノウサギに関していえば個体数が多いことから、食べ物は十分ではないにせよ、最低限はあるものと思われる。この食べ物を提供しているのが他ならぬ森林の多様性であろう。また、調査した山には斜面があることから巣穴も存在すると思われる。

行動範囲の狭いノウサギとアナグマは調査した山だけで十分生活していけると思う。ただ、タヌキとキツネは行動範囲が広いので調査した山だけでは不十分である。実際、他の山に行ったり来たりしているようである。今はまだ、人も車も少ないことから、行き来はさほど難しくないかもしれない。しかし、九大新キャンパスが完成してしまえば山はきっちり分断され、人も車も多くなり行き来しにくくなるだろう。あるいは行き来しようとして、車にひかれてしまうかもしれない。このことを考えると、山どうしをつなぐ動物専用の道、もしくはトンネルのようなものが必要だと思われる。

 

W.まとめ

 里山保全とは、総合的、継続的な管理によってはじめて成り立つものである。下草が増えればそれを食べる小さな動物が増える。すると彼らを食べる中型動物や、鳥類が増える。さらに彼らは木の実を運んで森林の植生を豊かにする。しかしそううまくいくばかりではないだろう。

 また、問題点も多く残っている。行動範囲の広いタヌキやキツネは、当然一区域の緑地ゾーンだけでは暮らすことはできない。しかし彼らのためにキャンパス内に獣道を無尽蔵に作ることは到底不可能であろう。そのため彼らが頻繁に使っている道を特定しなければならない。ラジオテレメトリーを使って行動パターンを採取するのが手っ取り早いが費用がかかる。足跡をトレースするのが無難だが、雪でも積もらないかぎり見つけるのは容易でないだろう。

 さらに野生動物にとって人と接する機会が増えることは、やはりマイナスが大きい。ゴミの管理などを徹底しなければ、タヌキなどが習慣的に残飯をあさりにくるようになるだろう。そうしているうちに自然への抵抗力がよわくなった動物は、現在タヌキやキツネの間で広まっている疥癬などの感染症にかかりやすい。これはウサギなどにも感染する恐れがあるので、こうした事態を防ぐために、定期的に野生動物の健康状態を調べる必要があるかもしれない。

 新キャンパスが開校すれば新たに発生する問題もあるだろう。そういったことに対処していくためには、多くの人の手による地道な作業の連続が必要なのである