水辺の雑草をまもるために

1AG02174G 福地晋輔

1、            はじめに

「雑草」。この2文字にわれわれ人間はどんなことを思い浮かべるだろうか。目障りなもの、邪魔なもの、目的の植物の成長を阻害してくるいやなやつら。といったふうに悪いイメージばかりが頭をよぎるのではないだろうか。それとも最近では「雑草魂」などと言われるように、よい意味でしぶといといった表現に変わりつつあるのだろうか。そしてまた帰化植物や田畑の雑草をごっちゃにして考えている人も多いだろう。

その「雑草」だが、お百姓さんたちにとってみれば憎いやつ以外何者でもなかったであろう。

そしてさまざまな方法で駆除されてきた。人の手による一本一本の草刈から農薬の散布による一斉駆除まで防除方法も近代化してきた。特に戦後の除草剤の導入は農家の負担を減らす上でも大きな効果を挙げてきた。しかし今日では、「雑草」と呼ばれていたものの中に絶滅危惧種としてリストされるほどその数を減らしたものが少なくない。これは喜ばしいことなのだろうか。

 実は、「雑草」がすべて農業生産に大きな害を与えているわけではない。「水田雑草の発生形態とその防除」によると、現在では絶滅危惧植物に数えられているシャジクモは、「多発すると水温上昇や追肥の効果発現を妨げるとされるが、詳細はよく分かっていない。」という。稲が生長してから水中で繁殖するシャジクモは、農業生産に大きな被害を及ぼす「害草」ではないのだろう。

 畦道や、水田周辺の湿地、小川、ため池などに生える「雑草」もまた、「害草」とは考えにくい。しかしこのようなただの「雑草」こそが、いま絶滅危惧種として私たちの身の回りから消え去ろうとしている。

 このような、「雑草」と呼ばれながらも今では希少になってしまった植物たちを守ることと、農業の発展は両立できないものなのだろうか。ここでは農業と「雑草」の共存の可能性について探っていきたいと思う。

 

2、            減る「雑草」と増える外来「害草」

 ただの「雑草」が、絶滅危惧となる一方で、いまだに防除が困難な「害草」がある。水田「害草」の代表としてはタイヌビエが挙げられる。この植物はイネと同じように生える上、イネの穂が出る前に穂を出して実を落とすので絶滅させるのは非常に難しい。とはいえ、現在に至るまでお百姓さんとの長い戦いの歴史があり、防除対策もなされているので大繁殖するということはないのである。それよりも今は、在来の「害草」よりも外来の「害草」のほうが問題で、「水田雑草の発生形態とその防除」によると外来の「害草」が増加傾向にあるとある。水田の中にはキシュウスズメノヒエやアメリカアゼナが侵入し新たな農家の悩みの種となっているが、こちらも大繁殖とまではいたっていない。しかし、水田の周辺に目を向けてみれば、セイタカアワダチソウを筆頭にして、在来の「雑草」の衰退とは逆に旺盛に繁殖している外来種があるのが分かるだろう。なぜこのような違いが生まれたのだろうか。

 まず、減少している「雑草」に目を向けてみる。九大移転予定地では、環境省レッドデータブック(以降RDB)に掲載されている絶滅危惧植物として、ナンゴクデンジソウ、シャジクモ、イトトリゲモ、福岡県RDBに掲載されている絶滅危惧植物としては、ミズオオバコが見つかっている。シャジクモ、イトトリゲモ、ミズオオバコは、水田の中に生える沈水植物。ナンゴクデンジソウは湿地や畦道に生えるが、そこから水面に進出して水面に葉を浮かべる浮葉植物にもなる。どれもかつてはこの地域の水田に「雑草」としてふつうに生えていたものだと思われる。このような植物が減少してしまった原因はどこにあるのだろうか。

 その理由としては近代農業化による農地の構造と農業様式の変化が挙げられるのではないだろうか。とくに乾田化、農業用水路の三面コンクリート張り、農薬の導入の3要素である。そもそも水田というのはさまざまな植物や昆虫、魚たちの生活を支えてきた生物層豊かな環境であった。さまざまな生きものたちが人間の営む農作業と共存してきたという意味でも注目される。かつては一年中水の絶えない湿田が多く、特に湧き水のある山裾や谷間の水田は、冬も休眠しない植物にとって貴重な生活場所であった。しかし乾田化により湿田が減少するとともに多くの生きものが姿を消した。それでも、冬には水がなくなる乾田になってからも休眠状態で冬を越し、田植えのために水を張ると再び姿をあらわす水田雑草も少なくなかった。しかし、1960年代ごろから大量に使われるようになった農薬がこれらの植物に多大な影響を及ぼすこととなった。特に前述したナンゴクデンジソウなどの浮葉植物や、シャジクモなどの沈水植物は特に影響が大きかったと思われる。実際にイトトリゲモは過去に記録のある県のうち3分の2近くの県で消滅したことが確認されている。そしてまた水路のコンクリート化は追い討ちをけるように水辺の雑草の生息地を奪っていった。また、灌漑用水の整備が進むにつれ、ため池の改修も始まり、ここでも、水路のコンクリート張りなどによる陸地から水域への移行帯が失われた。このような工事によっても多くの水辺に存在するさまざまな環境に適応した植物たちの生育場所を奪ってしまったのである。

 このような厳しい環境におちいり、絶滅危惧「雑草」と化してしまった水辺の雑草に対して、セイタカアワダチソウは湿地や休耕田にも進出し、非常に旺盛に繁殖している。セイタカアワダチソウはなぜそれほど増えることができるのか。

 この理由も1つでは無い。まず、地下茎という無性生殖ができる器官を持つ。種子休眠ができる。生育場所を選ばない。ほかの在来植物よりも早く高く成長することなどがあげられる。しかしながらこれらの特徴は確かに生育する上で有利に働くかも知れないが、ほかの在来植物でも持っている特長もあり、現在のセイタカアワダチソウ大繁殖の決定的な理由にはならないだろう。では、その決定的な理由とは何だろう?それにはやはりこの植物が帰化植物であるということを十分に考えなくてはならない。その特徴のひとつに化学物質がある。セイタカアワダチソウの放出する化学物質に他の植物の生育をいちじるしく阻害する作用があるのである。こうした作用をアレロパシーと呼ぶ。日本語に訳すと「他感作用」もしくは「植物間相互作用」。後者のほうがイメージがつかみやすい。このアレロパシー、実は在来の植物も行っているのだが互いに長い間及ぼしあっていたため在来植物同士ではある程度適応してしまった(共進化)。その均衡の取れた環境に突然強烈な未知のアレロパシーを持つセイタカアワダチソウが侵入してきたために適応するための十分な時間もなく競争に負け生育地を奪われてしまったと考えられる。最後に最も重要な要因が病気や天敵の存在である。セイタカアワダチソウが渡来した当初、日本にはこの植物にかかる病気や虫がいなかった。生態系で言うと最下層に位置する植物の捕食者がいないのだから爆発的に繁殖するのは当然であったろう。アメリカにおけるクズがよい例である。最近ではセイタカアワダチソウノヒゲナガアブラムシというアブラムシの一種が追っかけてきたらしく、そのせいもあってかひところ勢いはなくなっているようであるが。しかしまだまだ日本の環境では、この植物に適応し対等に張り合うのは難しいようだ。

また、セイタカアワダチソウが湿地で繁殖した場合、水位がだんだんと下がっていってしまう。原因はこの植物の栄養成長の早さによるものだそうだが、水位が下がってしまうとまたナンゴクデンジソウのような植物は生育場所を失ってしまうのである。直接にも、間接的にもほかの植物の生育を阻害しているのである。

 また先に述べたため池の改修による人口護岸によって、本来日本にはなかった環境が生まれている。この新たにできた裸地に真っ先に進出してくるのがセイタカアワダチソウなのである。

 このままでは人間活動によりわずかになってしまった、日本本来の生態系がさらに縮小変質してしまう可能性がある。

 

3、            水辺を守る試み

 水田「雑草」が絶滅危惧植物に数えられるようになったことは全国的に認められつつある。そしてこれらの「雑草」が生息できる水辺環境を守る取り組みが各地で広がりつつある。一例として栃木県の西鬼怒川地区の事例を紹介する。ここでは従来型の大区画ほ場整備と、それに連携した用水路などの地域用水環境の整備が行われることになっていました。そしてこの地区は早くから「鬼怒川の自然に親しむ会」などのボランティア団体の活発な地域活動があった地域である。

 

 

4、            農地の多面的機能と環境保全型農業

 「雑草」を守ることは、農業の将来とも密接に関わってくる。WTO(世界貿易機関)の農業交渉では農産物の貿易自由化が叫ばれ、日本とEUはその国際環境の大きな変化の矢面に立たされている。しかし農業の多面的機能の重視ということを軸にアメリカ政府と対立している。そもそも農業の多面的機能とはどういった機能を指すものなのだろうか。

以下は日本学術会議答申で示された農業の多面的機能の説明である。

1、持続的食糧供給が国民に与える将来に対する安心。

2、農業的土地利用が物質循環系を補完することによる環境への貢献

 1)農業による物質循環形の形成

  (1)水循環の制御による地域社会への貢献

  (2)環境への付加の除去・緩和

 2)二次的(人工の)自然の形成・維持

  (1)新たな生態系としての生物多様性の保全等

  (2)土地空間の保全

3、生産生活空間の一体性と地域社会の形成・維持

  1)地域社会・文化の形成・維持

2)都市緊張の緩和

 肥料の過剰投与、農薬の散布などによって農業が環境に与えるマイナスの影響はしっかりと認識しなければならないが、プラス面での影響も食糧供給以外にも認められるようになったことが分かるだろう。

しかし集約的農業は1の食糧の生産から供給を第一に考えていたため、確かに収量は伸びたがほかの2つの機能をないがしろにし、農業が一面的機能しか持たなくなってしまう傾向があった。この農業の多面的機能という考えは世界的に広まりつつある。

では農業の多面的機能と「雑草」を守ることにいったいどんな関係があるのだろうか。

つまり水田の雑草を守るということは、ただ絶滅危惧種の「雑草」だけを持ってきて保護してもだめなのである。そのためには周りの環境ごと保護しなければならない。たとえば農業用水路である。今ではコンクリート張りの水路ばかりになってしまったが昔ながらの土や一部石組みの用水路であれば、上で述べた雑草の種子が落ち着いて繁殖するかもしれないし、人が定期的に草刈りをするので光が当たり、ほかの植物が生えにくい環境が生まれる。このような環境には水田の周りならではの植物が生えてきます。例えばフジバカマなどがそうだが、このような環境が今ではどんどんと減っているため今では絶滅危惧植物に数えられていて、100年後には絶滅してしまうといわれている。ため池の岸でも同じことが言える。草刈りのような頻繁なかく乱が起こらなければこういった「雑草」は生き残れないのである。

しかし農業用水路ひとつとっても昔ながらの形態を維持するのは簡単ではない。例えばいま日本の農村でこういう水路の維持管理、農道の管理は出役という形でその地区の農家が毎週集団で行うのであるが、無償であることに加え、兼業農家の増加により負担が大きくなってきている。ここで、コンクリート張りにすれば手間もかからなくていいという考えになってくるわけである。

 「雑草」を守るためには結果的にはいままでのような集約的農業とは相反するものがあるが、農業の多面的機能に目を向ければ、生産第一、効率第一という考えのほかにも見えてくるものがあるのではないのだろうか。

 ではこの相反するように思える農家の収益と利便性、環境への配慮とその手間の接点はどう求めていくかという点について、環境先進国であるドイツでの取り組みをつぎで取り上げて考えてみたい。

 

5、            粗放的農業における生物多様性と雑草の多様性(ドイツでの取り組みから)

 環境先進国といわれているドイツでは、景観保全、生物多様性保全のためにさまざまな取り組みがなされている。ここではバーデン・ヴェルテルンベルク州の環境農業政策の紹介をしたい。

 この環境農業政策とは農業の多面的機能のひとつとしての環境保全機能を十分に発揮させるように、環境保全型農業へ誘導する政策であり、またそのことを通して、国民に対して農業の多面的機能という議論が説得力を持つように保証するといったものである。

(1)背景

 EUの農業政策の転換から始まった。85年に制定された「新共通農業政策」では従来の近代化路線を大幅に修正・転換させ、増産主義からむしろ粗放化農業への転換、環境保全と食の安全性を重視する方向を明確に打ち出すようになった。その特徴とその背景はつぎの3点である。第一に近代農業技術は農業生産の拡大と生産性の向上に大きく貢献したが、農産物の過剰をもたらし、生態系の破壊や地下水汚染などの生活環境への悪影響も出てきたこと。第二に、このような危機的状態にある自然環境を保全するためには農村人口、とりわけ農業就業人口のこれ以上の減少を阻止すべきだということが明らかになったこと。第三に生態系や環境保全と両立する農業生産のあり方を模索し、とくに人間と家畜にも悪影響を及ぼす恐れのある農薬・化学肥料の使用は可能な限り抑制すべきであるという姿勢が明確に打ち出されたことである。つまり一貫して追求されてきた規模拡大路線に代わり、農業の新しい役割を求める方向への政策転換が図られたのである。

加盟国であるドイツもこの流れに沿い、農産物の過剰を生んだ集約的農業の見直しから始まった。集約的農業は化学肥料、家畜糞尿、農薬などの使用量増加による水質悪化、農地整備事業、ほ場区画拡大などによるビオトープの縮小・消滅、種の多様性の貧困化、農耕景観の単調化、輪作の単純化などによる土壌浸食の増加などの環境悪化をもたらすものである。実際にドイツ、バーデン・ヴュルテンベルク州では飲料水の80パーセントを地下水から得ているので、地下水の水質汚染は市民の生命に係わる重大問題なのである。日本では農業の多面的機能論で強調されるように水田が水を涵養するが、ヨーロッパの畑作では農業が水を汚す恐れがあるのである。そしてヨーロッパは過去に徹底して森林破壊を行ってきた歴史があり、その反省があるので、環境対策に対する国民的合意が得られやすかったのかもしれない。

(2)内容  

この州の環境農業政策は『市場負担緩和と農耕景観保全の調整金プログラム』(MEKAプログラム)と呼ばれている。州政府は多様な農法をメニュー形式で用意し、それぞれの農法に環境に対するプラス効果の大きさに応じて点数をつけておく。参加農家はメニューから実行可能な農法を選択、組み合わせをし、その実施を政府と契約する。選択された農法に実施面積を掛け、さらに金額(1点=約1500円)を掛けたものが直接支払額となる。直接支払の財源はEU50%、国30%、州20%となっている。

 草地と畑地で広く粗放化を実現しようというこのプログラムには農法のメニューが4分野27種類にわたっている。減農薬、減化学肥料への助成金はもちろんのこと、堆肥の寮麦まきの感覚、放牧の密度などによって事細かに作成されている。参加農家は個別のメニューを複数組み合わせて得られる直接支払額(ただし1ha当たり上限は27,5点)と、その農地から農産物の販売額とを合わせてもっとも有利な所得が得られるメニューの組み合わせに努める。このプログラムへの参加意欲は高く、農家数でも農地面積でも州のおよそ半数が参加している。このことは直接支払額が参加者にとって魅力ある水準になっていること意味しているのだろう。

(3)雑草への助成金

この政策の農法メニューのひとつに『草地における植物種の多様性に対する報酬』という項目がある。指定された28種の草花があり、ありふれた種類は除いているが最低4種以上があれば、それだけ生物多様性に配慮した百姓仕事をしているということで、その農地の点数として加算されるのである。農地に生えている作物以外の植物は、近代的な農業にとっては雑草でしかないのだが、作物の収量に影響がない程度に雑草を残す農法に助成金が出ているのである。

(4)普及と教育

農業にとっての生物多様性の重要さを農家に理解させるのは、簡単な仕事ではない。バーデン・ヴュルテルンベルク州の農業専門技術指導員は農家を回り、十数種類の昆虫と鳥について、それぞれの生息条件と営農の注意点を一枚ずつパンフレットに分かりやすくイラストレートにして配布していた。パンフレットは「この昆虫の生息空間を農耕景観の中に作っている」に始まり、まとめとして「健全なエコシステムが農業生産の持続性を保証する」で終わっている。このような認識の転換は、農業行政、研究者などがまず自らの認識を改め、根気強い啓蒙活動を行って初めて実現されることである。

 MEKAプログラムもこの教育活動がなければ参加率も伸びず、あまり効果を表さなかったかもしれない。普及と教育はすべての手段の根幹をなすものである。

 

6、            日本の農業と雑草の共存

 ここまで書いてきたが、やはりドイツと日本の農業形態はかなり違っていることを考えなければならない。ドイツでは牧畜が盛んであるので、牧草地が多い。採草地でとられた草は家畜のえさになる。ということはある程度の種類の草が混じっていても毒草さえなければよいだろうし、絶対に牧草でなければならないというわけではないだろう。反対に日本はといえばやはり主流は稲作である。お米はもちろん人間が食するものである。商品として店頭に並ぶわけだから、農家は均質な、純粋にお米だけを取らなければならない。となるとやはりタイヌビエなど駆除しなければならない「害草」はドイツに比べて多いと思われる。しかし農薬などによる「害草」の駆除に伴って、ただの「雑草」と周辺の生態系が危機にさらされていることに注意しなければならない。

 農業は環境にとって加害者であるが、その加害者である農業は周辺の生態系にとって必要不可欠な存在であり、守らなければならない。農業の粗放化、昔ながらの農業用水路の維持・管理、減農薬、といった「雑草」(生態系)と調和する農業をするとなれば、当然農業経営にはマイナスの影響が生じる。この所得減少をどのように補填するかという問題に対するひとつの答えが、上で述べたMEKAのような政策ではないだろうか。

このような考えが取り入れられれば、雑草が雑草らしく日本の農業とともに生息できる空間は維持できるのではないだろうか。