なぜ森林を守らなければならないか。

               1sc01260w   澤田 玲子

 

1.はじめに

 

「おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に・・・」という誰もが知っているフレーズが、もっとも有名な昔話のひとつである『ももたろう』(室町時代末期に成立)の中にある。このほか『かちかち山』、『はなさかじいさん』、『舌きり雀』・・・など室町時代末期から江戸時代中期に成立した昔話に山とともに生きる人々の生活がたびたび登場する。かつて日本人にとって身近に山があり、山と関わりを持った生活はごく当たり前のものだった。人間は約400万年前に出現し、約1万年前に農耕・牧畜を始める。私たちの祖先は里山の森の中に生活の場を見出し、森の一部を切り開き、水田耕作を中心とした農作物栽培に重点を置いた生活を営んでいたのである。

このような山とともに生きる生活は何も“昔”のことではない。『ふるさと』(大正3)、『春の小川』(大正1)、『赤とんぼ』(大正10)、『紅葉』(明治44)・・・など、里山の森に囲まれた田園における四季を描いた歌から、20世紀に入ってからも山と人間生活との身近な関係を続けていたことがわかる。しかし、戦後、急激かつ大規模な宅地開発が進み、私たちの居住地域は森から遠のいている。東京や大阪のような大都市では、森どころかまとまって木が生えているところも限られており、福岡においても通勤や通学などでバスの車窓から街を見ても、見えるものは建物ばかりであり、そこで暮らす人々にとって森というものに接する機会はどんどん少なくなっている。そして、上にあげたような唱歌に対して愛着も覚えない世代が増加している。

九州大学の新キャンパス造成予定地である元岡地区は「里山」であり、かつては人の手によって管理されていた、という環境にある。福岡市の中心部から離れていることもあり、まだ「森」という風景も残っている。鳥のさえずりや虫の声がごく当たり前に耳に入ってくる。緑が生活環境から姿を消しつつある今日、九州大学はキャンパスの移転という大規模な公共工事を行うにあたり、従来の工事と同様に森を壊し、谷をうめ、ダムを造り、買い付けてきた木々を植林するのではなく、元岡の自然里山の森林―を保全しながら開発を行うという画期的でかつ困難なテーマに挑戦している。生活の場から森を失いつつある今、元岡の里山の環境を守りながら共に生きるための事業を進めることは義務であり、この挑戦は、これからの公共工事にとって避けられないテーマである。

 

 

 

 

 

2.森を守るとは。

(1)「森林」の現状

森林は、世界の陸地面積の約3分の1を占めており、1993年現在で417,980万haが存在しているといわれている。近年、先進国では森林面積がほとんど変化していないのに対して、途上国では減少している。特に顕著な減少は熱帯地域の開発途上国における熱帯林の急激な減少であり、熱帯地域での面積は、1981年から1990年の10年間で15,400ha(約8%が減少している。地域別では、アジア・太平洋地域の減少率が12%で、減少率が最も高い。

森林減少の原因として、過度の焼畑耕作、農地への転用、過放牧、薪炭材の過剰採取商業材の不適合な伐採、森林火災などが直接の原因として指摘されている。こうした直接の原因の背景として、開発途上国における急速的な人口増加、貧困などが間接の原因として重視されている。

熱帯林の減少による影響は、多くの野生生物種が絶滅、または絶滅の危機に瀕するおそれがあることに加え、森林減少による大量の二酸化炭素の放出が地球温暖化を加速させることが懸念されている。


 

熱帯林の面積と植林地面積

国数

熱帯林面積(1990年)
(単位:100万ha)

減少面積(1981-1990年)
(単位:100万ha)

植林地面積(1990年)
(単位:100万ha)

アフリカ

40

527.6

41

3.0

アジア太平洋

17

310.6

39

32.5

ラテンアメリカ
・カリブ海地域

33

918.1

74

8.6

90

1,756.3

154

44.1

(資料) FAO1990森林資源評価プロジェクト報告(1993年)
(
出典) 平成8年版環境白書総説P−457,458による(大蔵省印刷局)

 

日本でも森林の荒廃がすすんでいる。戦争中の軍事用のための大木の伐採、戦後の復興材としての有用材の伐採、高度成長に乗っての木材の大量生産などにより、過度に森林が伐採された。また、高度成長期に主におこなわれ、それ以後も続いている中山間村地帯を中心とした山林の乱開発、高速道路の敷設による山間部の切り崩し、自動車の排気ガスによる森林の破壊あるいは森林への被害、ダム建設のための山間林の伐採などにより、多くの森が切り崩された。このような伐採に加え、里山をはじめ、林地の約40%ののぼる約100万ha以上を伐採して、人工林に替えたことによる林相と森林資源の衰退、生態系の異変、水資源の減少などが見られ、森林面積の減少は少ない(1850〜1985年で減少は国土に占める面積あたりの割合に換算して−2%)が森林の「内容」が大きく変わってきた。

(2)森林破壊が生んだもの、生むもの

人類は誕生以来、自然の恩恵を受け、さまざまな文明を生み出した。しかし、4大文明に代表される古代文明はすべて滅亡した。このうちいくつかにはあるパターンがあり、キーワードは自然破壊である。古代文明からの教訓として次のことがいえる。

     乾燥化により周囲の人口が河川の周辺に集中

              ↓

           文明が生まれる

              ↓

             人口増加 

              ↓

     森林破壊(農地の拡大・建築資材・燃料のための森林伐採)

              ↓

       気候の乾燥(降水量減少、塩類の蓄積)

       土砂の流出

              ↓

             食料不足

木材資源の不足(建築資材・燃料の不足)

       ↓

   文明の衰退・滅亡

例としては、メソポタミア文明(下)、ギリシャ文明があげられる。

*シュメール(メソポタミア)文明

BC5300    最初の集落がチグリス・ユーフラテス川の洪水多発地帯にできる。
BC4300-3500 治水潅漑農業成立、都市の起源となる集落形成
BC3500-3100 集落数増大・都市化進行・小規模な潅漑農業
BC2800-2700 気候の乾燥化支流減少運河の建設集落が減り都市へ人口集中
BC2700-2000 材木や燃料として森林伐採乾燥化が進む
         貧民層が急斜面の森などを開墾土砂が流出し潅漑用水をふさぐ
         塩類が土壌に蓄積作物が減少(小麦大麦ナツメヤシ)
         食料不足都市の崩壊
BC1700     塩害のない北方のバビロニアへ

 

私たちの日常生活と産業活動は自然の恵みを利用している。これは今も変わらない。人類は誕生してから常に自然とともに歩んできたし、その中で私たちの祖先は文明を発達させ、人間の世界を築いてきた。しかし、いかなる技術を開発しても自然の恵みなしには人類は生きていけないのだ。古代文明が滅んだように、このままでは、私たちは現代の私たちの生活を滅ぼしてしまう。

森林の減少により、地球上でさまざまな変化が起きている。二酸化炭素の増加、地球温暖化現象、土砂災害の増加、産業の悪化、食料不足・・・。これは世界規模で私たちの生活を危うくするものであり、これらに対して森林が何を成すのかを次に明らかにする。

 

 (3)森林の役割

森林の役割としては次のことが挙げられる。

1) 土砂や土壌の崩壊・流出を防止する。

2) 洪水・渇水を緩和。

3) 気温の変化を緩和する。また、大気の浄化を促す。

4) 騒音、風・雪・霧などを防ぐフィルターとしての役割を果たす。

5) 木材生産の場。

6) 食料を供給。キノコ、タケノコ、木の実、山菜など「山の幸」を与えてくれる

7) 教育・レクリエーションの場。

8) 地球規模での気候の安定化

 森林の表土は、地中の小動物の活動や根の腐朽などにより、大小さまざまな隙間が形成され、水が浸透しやすい。このため、降雨時には地表を流れ、短時間で河川に到達する水の量は少なくなり、洪水が防止される。地中に張り巡らさせた樹木の根や、林床に繁茂する草本が土砂の崩壊や流出を防止している。

 また、森林は雨水を地中に浸透させ、徐々に河川に送り出すので、河川の流量を安定化させる働きがある。また、雨水に含まれている塵や窒素・リンをろ過、吸収し、水質を浄化する。このように森林は渇水の緩和と水質の浄化を通じて水資源を守る機能がある。

さらに、森林は光合成により炭酸ガスCOの吸収を吸収し、酸素を大気中に出す。この酸素を用いて(好気性の)生物が呼吸を行い、生きるために必要なエネルギーを得る。また、現在、世界は二酸化炭素の増加による気候温暖化に悩まされているが、植物は光合成の際、二酸化炭素だけでなく、エネルギーをも吸収するため、(世界の森林は1年間に約7.0×10^17kcalのエネルギーを吸収し、これは地球を0.4℃冷やしている。)森林は温暖化現象の緩和に対して、大きな力を持つ。

そして、森林は食物の宝庫であり、生物のエネルギー源である。植物だけでなく、動物と菌類を含むすべての生物は、植物が太陽の光を使って生産する炭水化物にエネルギー源のすべてを依存している。まず、光合成によって作られた産物を用いて植物自身が大きくなり、葉・幹、根、実などを形成し、その葉の一部を昆虫や毛虫などが餌として食し、生活を維持している。昆虫などは小鳥たちに餌として食べられ、小鳥はそれより大きな鳥に捕食される。また植物の実を小鳥や小動物が餌として食べることにより、植物の種が分散される。

一方、樹木には寿命があり枯死するが、森の中には枯れた木が横たわっているが、倒木が積もっているということはない。これは、木が枯れ倒れると、カミキリムシなどの昆虫が集まり、これを食べ、キノコなどの菌類が寄生して木の主成分であるセルロースを分解して育つためであり、植物だけでなく、森に生きる生物の遺体や排出物は土壌中の微生物や分解者により分解され、物質循環が促される。分解によって生じる無機塩類は肥料などなくても植物が生育できる土壌を作っている。つまり、生物遺体も多様な生物の生存を支える基盤となっている。このようにして、森林という環境の中では、それぞれの種が互いに関わり合いうことで、それぞれの種の個体数は爆発的に増えることなく、また病弱な個体は除かれていくが、それらの個体もむだなく利用され、安定した生態系が保たれる仕組みが自然に成り立っているのである。これが森林の生態系である。そして、森林を守るということは、森林の生態系を守ることにほかならない。

 生態系とは何か。生態系とは単に植物は動物と菌類とそれらを循環する窒素、炭素、リンなどの生元素の集まりではなく、これらが循環し、生物どうしおよび生物の環境とが互いに関係をもっていることをいう。単に物質の集まりではないため、その相互関係により成っているので、要素に分解して個々の性質をいくらしらべても解決できない問題が潜んでいる。このため、人間が直接かかわる生物が生態系のほんの一部を占める生物であったとしても、第三の生物を介して、生態系に思わぬ影響を与えることがある。ある森に棲む生物が絶滅すると、後々にはその森を殺してしまうことになり得るし、その逆として、森林の一部を伐採するとそこに棲む生物を絶滅させてしまう恐れがある。私たちが自然に手を加えることは、自然の生態系に加わることを意味する。このため、生態系への配慮にかけた開発はすぐに種の絶滅、しいては森林破壊を進めてしまう。

 

 

 

.どのようにして生態系を守るか

 地域に固有である生態系は「自然のままに」しておけば、適切に保全されるとは限らない。里山の薪炭林、果樹園などは人手が加わって維持されてきた二次林であり、手付かずの自然ではなく、いわば「手がついた自然」である。このようないったん人の手が入った二次林の多くは産業文明の発展とともに現在では放置され、かえってそこに生き残った希少種を絶滅に追い込む可能性がある。

 「放置する」ことは「自然」とはイコールではない。

 また、生態系は非定常である。過去から現在まで一貫して同じ姿であったわけではない。多くの生態系は局所的に見れば、自然の遷移、あるいは人為または自然の攪乱に応じて絶えず変化し続けてきた。生態系を保全するためにはその地域の固有性を理解しなければならないが、それは今、目の前にある姿だけではなく、その成り立ちをも含めて歴史的に考えなければならない。遷移と攪乱がもたらすモザイクが維持される動的構造を理解し、そのバランスが大きく崩れないように維持することが生態系の保全である。

 

4.おわりに

九州大学で行われている保全事業は、日本での大規模な公共事業としてはたいへん評価できるものであるといえるが、初めて造成地を見学したとき、山を背景にひどく荒れた土地が広がっていたのをみて、かなりの衝撃を受けた。キャンパスの造成のように大きな工事では、こんなにも大規模に自然が破壊されていることをと改めて気づかされた。普段、私たちは工事が終わり、きれいに整備された街を見て暮らしているので、山を切り崩し、谷を埋め、新しい街を作っていく過程がこんなにも恐ろしいものだと気がついていない。

今まで、何度となく地球環境の危機について耳にしてきた。しかし、私たちは快適で便利な生活を求めて、開発と称し、森林の伐採をはじめ環境の破壊を続けてきた。自然の持つ歴史、有限性、あるいは生態系といった見方による森に対する視点を持たず、近代化、都市化のために木々を伐採したり、たとえ環境の危機を意識していても、ただ見た目に青々としている緑ならなんでもいいといった安易な考えのために、本来の森、種の多様性に富んだ森はどんどん姿を消しつつある。最近、「地球にやさしく」ということばが人間が主人公で、人間が自然を支配することを当然とする考えが根本にあり、人間が地球に何かを「してあげる」という傲慢な思い上がりからつくられた言葉だ、という話を聞いた。環境を破壊してきた人間には、このような傲慢な気持ちがあったのは確かだろう。しかし、これからは友達同士が助け合うように、「やさしく」できたらいい。人間が中心なのではなく、そのしくみに私たち人間が加わるのである。それをわすれてはいけない。

 

     参考・引用文献

大場秀章森を読む』岩波書店(1991)

石井実 植田邦彦 重松敏則 『里山の自然を守る』(1993)

重松敏則 『市民による里山の保全・管理』(1991)

松田裕之 『環境生態学序説』(2000)

地球環境と森林 http://www2.odn.ne.jp/~aab27900/gloenv.htm