森林移植の成果と今後の課題   

SC01276K 理学部生物学科 新田 梢

 

1 はじめに

 

遠くからはこんもりと緑色にしか見えない森林も、一歩足を踏み入れるとそこはわくわくする別世界である。ちょっと腰を低くして地面に目をやると、落ち葉の上を虫が歩いているし、ドングリなどの木の実やキノコをみつけてうれしくなる。森林には、樹木・林床植物・小動物・鳥・昆虫・土壌中の微生物など、実に多くの生物が暮らしており、しかもこれらの生物の間には、食べるー食べられる、受粉や種子散布を助ける、落ち葉を分解して栄養素を作る、などさまざまな関係がある。これらの生き物たちの四季による変化も私たちを楽しませてくれる。森林は多様性そのものである。

日本は多様な森林をもつ国である。日本列島は南北に細長く、山国であり、雨量が多い。、このような気候や地形の違いを反映して、実に様々な森林が見られる。また、昔から人がどのように利用してきたかによっても、森林の性質は違うものになる。九大移転地周辺の森林は、常緑広葉樹林・落葉広葉樹林・スギやヒノキ植林などであり、いわゆる里山に特徴的な森林である。それは、人々の生活に必要な薪や食料の確保だけでなく、糸島地域の保水や土砂流出防止などに役立ってきた森林であると思う。また、田畑や草地、川、海といったこの地域の自然とセットで多くの生物を育んできただろう。

しかし、近年これらの森林は減り続けている。最近、森林は二酸化炭素の吸収源、貯蔵庫として注目を集め、特に熱帯林の減少は地球温暖化を加速させていると考えられている。しかし、森林減少は熱帯林のみの問題ではないのだ。日本においても、都市に隣接する里山の森林は、都市開発の拡大とともに、減少し続けてきた。このような森林減少のため、絶滅の危機に瀕している生物は少なくない。九大移転予定地でもこのような問題は例外ではなく、造成工事は森林の消失をともない、種の絶滅をもたらしかねない。多様な役割をもつ森林を失うことは深刻な問題であり、何らかの対策が必要とされる。

そこで、九大の保全事業の目標の一つに挙げられたのが、「森林面積を減らさない」ことである。造成によって森林面積が一時的に減少することは避けられない。計画では用地内の32%を占めている森林(広葉樹林、針葉樹植林)の面積は14%に減少する(生物多様性保全ゾーン整備基本計画)。この代償措置として、造成法面や果樹園跡地などに、樹木や苗木を移植し、森林面積を回復させる取り組みが行なわれている。しかし、ただ木を植え、森林面積を確保すれば良いと言う訳ではない。種の多様性の保全と言う点から、以前より質の良い森林の復元が必要である。ここでは、九大の保全事業で行われている三つの移植の現状を紹介し、移植地の林床回復について、課題と具体的な対策を考えようと思う。

 

2 保全事業の移植

 

2−1 根株移植

生物多様性保全ゾーン入り口右岸の造成法面には、地上部を伐採した樹木の株(根株)が移植された。移植地には、伐採した竹や雑木を細かく切断したチップ材が法面保護のために敷かれた。根株はすぐに定着して萌芽が見られ、法面にはチップの効果がはっきり出ている。これは竹のアレロパシーによるものだろうが、チップを敷いている部分では帰化植物の進入が抑えられ、スギナなどしか生えていない状況である(→チップの効果の写真かデータ)。現在は斜面に根株が点々として人工的な感じが強いので、生物多様性保全ゾーンの森林に続く緑地としてどのように樹林化させていくのかが今後の課題である。

 

2−2 高木移植

高木移植は生物多様性保全ゾーン内の果樹園跡地を中心に行われた。第I工区の尾根筋などに残存していた常緑広葉樹林から選ばれた高木*種*本が、移植専用の大型重機を用いて、、幹や葉をつけたまま株ごと移植された。高木の根が被っていた範囲の土壌とともに、林床植物や土壌生物もある程度一緒に移植された。高木をそのままの高さで動かして、斜面に配置したので、短期間で森林的な環境を作ることができそうである。ただし、大型重機による作業にともなって、移植された高木の周囲の植生は消失している。、また、移植された高木間の間隔が、通常の森林よりは広く、亜高木や低木がないため、林床は開けた感じである。ここでもチップを敷くことで、雑草の進入が抑えられているが、同時に植生回復もまた抑えられている。果樹園跡地は土壌の窒素分がかなり多いとみられ、窒素分を好む畑地雑草が繁殖する心配もある。今後は、林床植生を上手く回復させ、憩いの場としても利用できる森林にしたいものである。

 

2−3 林床移植

造成地で消失する運命にある森林の樹木を、林床植生ごと重機でブロック状に掘り出し、1.4mx1.4m(約2平米)の木枠に入れて移植する方法である。この林床移植(木枠利用法)は、生物多様性保全ゾーン奥の盛り土斜面に行われ、いくつかの森林から運ばれランダムに置かれたブロックは3698もある。林床移植地では他の移植地と明らかに違い、植物の発芽が多くみられる。これは、土壌に含まれていた埋土種子によるものである。種の多様性という点からは三つの移植の中で一番効果がある。造成前の森林の植物調査では出現していなかった種(コシオガマなど)も見つかった。

 しかし一方で、帰化植物であるベニバナボロギクやセイタカアワダチソウが多くのブロックに出現し、優占しているという問題も生じている。この点について、千葉県立中央博物館生態園に移植された森林群落の現状が参考になるだろう。この生態園では、若干の補植や林床植栽を施したが、基本的には移植したまま放置された。10年を経過した林分では、林床を含めかなり自然状態に近づきつつあるが、植栽当時に持ち込まれてしまった外来種が繁殖を続けており、その排除が今後の管理上の課題として指摘されている(中村、2001)。帰化植物の中でもとくに、セイタカアワダチソウのように、アレロパシーなどによって植生遷移に大きな影響を与える種については、早期に駆除を行う必要があるだろう。

 

3 林床回復の対策

 

 三つの移植についてみてきたが、どの移植地についても「林床」が重要なカギを握っているといえる。「林床」は森林の土台であるが、森林形成には土壌生態系の働きが不可欠だからである。 

 

3−1 鳥や小動物への期待

高木移植地の林床回復に関して、7月15日現地ワークショップにおこしいただいた鷲谷いづみ先生から「長い目で見れば鳥が(高木に)来て、種を落としていくでしょうね」というコメントをいただいた。高木移植地は残された森林に隣接しており、高い位置にあり、開けているので、移植された高木には、鳥の止まり木としての効果が期待できる。人為攪乱によるオープンサイト(農耕地や埋立地など)では,果実食鳥によるシードレインは鳥の止まり木となる構造物に著しく集中的なパターンとなることが知られている(小南1999)。

日本の照葉樹林で周食型(柔らかい木の実が丸飲みされて、堅い種子が糞とともに排出される)の種子散布をする鳥類は、ハト科、キツツキ科、ヒヨドリ科、レンジャク科、ヒタキ科、シジュウカラ科、メジロ科、ムクドリ科、カラス科などの鳥たちである(野間1999)。また、タブノキの種子は本土ではタヌキが多く種子を散布しているという報告があり(田川1981、宮田ほか1989)、イヌマキ、トキワガキなどの実生もタヌキの溜め糞から多数生えているところが観察されている(野間1999)。他に動物による種子散布は、こぼれ落ちたり貯食したものが食べ残された場合の「食べ残し型」、体や羽毛の間にくっつく「付着型」があるが、照葉樹林では「周食型」散布が大きな役割を果たしている。

上に挙げた鳥のうち九大移転地周辺には、ハト科のドバト・キジバト、キツツキ科のコゲラ、ヒヨドリ科のヒヨドリ、ヒタキ科では夏鳥としてキビタキ、シジュウカラ科のヤマガラ・シジュウカラ、メジロ科のメジロ、ムクドリ科のムクドリ・冬鳥のホシムクドリ、カラス科のカササギ・ハシボソガラス・ハシブトガラス・冬鳥のミヤマガラス、が確認されている(環境監視調査平成12年度報告書)。また、ツグミ科の冬鳥としてルリビタキ・ジョウビタキ・シロハラ・ツグミの記録があるが、これらも種子散布をするようである。ハトについて、キジバトやドバトは砂嚢が強く、種子まですりつぶしてしまうので植物にとっては捕食者となってしまうようだ。種子散布者となるのは、ズアカアオバトやカラスバトといった森林性のハトだが移転地周辺にはいない。果実に食性の大部分を依存しているヒヨドリは、日本の林内の鳥では重要な種子散布者であり、地面に近い草本の実を食べる場合もある。カラス類は木の実を食べる場合、ウルシ属やカラスザンショウなどの乾果(乾いてパサパサした地味な木の実)を好む傾向があり、秋から冬にかけての、エサの少ない時期の食物として大きな意味を持っていると同時に、これらの種子散布者としてカラス類の役割が非常に重要だと考えてよい(上田1999)。また、キツツキといえばドラミングをして昆虫を食べているイメージがあるが、冬期などに乾果に依存する事もあるようだ。

小動物ではタヌキやアナグマ、ノウサギ、イタチ、テンなどが九大移転地周辺に生息しており、林床移植地ではノウサギのものとみられる糞も見つかった(12月16日)。林床移植地や根株移植地は、小動物が移動するコリドーとして機能することを目標にしており、小動物による種子散布も期待している。よって移植地周辺では、U字溝への落下対策など、小動物の保全に対する配慮が必要である。

 

3−2 自生種を導入する

 林床植生回復を進める上では、高木移植地や根株移植地に他工区からの苗木や林床植物を補植することが有効だろう。この補植にあたっては、地域に自生する種の苗を導入すべきである。同じ種であっても、他の地域の苗は遺伝的に異なっている可能性がある。新キャンパス用地内の自然を保全するという考え方に立てば、あくまでも元岡の植物を使って、植生復元をはかりたい。市民ボランティア団体により、移転地内の木の実から苗を育て保全緑地に植え戻そうという「どんぐり拾い」の活動がおこなわれているが、この取り組みには、自生する種をできるだけ残すという重要な役割がある。

植物導入の際に注意すべき事として、外来種の問題がある。わが国ではこれまで、外来種が生態系におよぼす影響には関心が薄く、安易な斜面緑化などが広範に実施されてきた。外来種の蔓延をもたらすような生物利用のあり方をみなおすことなしには、生態系の復元・機能回復にとりくむことすらむずかしい(鷲谷、2001)。また、鳥相を豊かにするという名目で実のたくさんつく園芸品種のウメモドキやコムラサキなどを植栽すれば、それらの種子が鳥による被食分散でまわりの地域にまき散らされ、その結果としてそれらの園芸品種の逸出をもたらす可能性がある(鷲谷・矢原 1996)。

生物多様性保全ゾーン内の森林移植地に、他の地域の生物や園芸品種などを導入しないことは当然であるが、生物多様性保全ゾーン周辺のキャンパス用地においても、本来この地域に自生している種を用いることが求められる。建築物中心のアカデミックゾーンでは、乾燥や高温などのストレスに強い街路樹等を用いる必要があるが、この場合には自生する種と交配する恐れのないものを選ぶ必要がある。

生物多様性保全ゾーン内の高木移植地では、クリやクヌギなどの落葉性の樹種を交えた移植が行われており、明るい雑木林の復元が計画されている。この場所は、憩いの場としても機能させたいが、都市部の公園のようにしたいわけではない。里山的な要素が大切であり、里山を特徴づける植物の中から、目で楽しめて送粉昆虫の蜜源にもなるウバユリやヤマツツジなどを補植したいと考えている。もちろん、これらは自生種であるべきであり、そうする事が里山的環境を作るには効率が良いのではないだろうか。

 

3−3 外来種、主に帰化植物の駆除

 自生種の導入を進める事とあわせて、植生における種多様性を保つためには、競争力の強い帰化植物の駆除が必要な管理となる。そうした管理には、駆除の対象とする帰化植物の生態的な特性や侵入場所での個体群動態を十分に把握したうえで、最も効率的な方法を取る必要がある( 鷲谷・矢原 1996)。林床移植地で帰化植物の発芽が見られるが、それほど他の植物に影響力がなさそうであれば、しばらくは様子見でも良いだろう。ただ、今のところセイタカアワダチソウとモウソウチクに関しては、繁殖力がすさまじい事やアレロパシー効果により自生種の遷移がかなり遅れる事などから駆除すべきであろう。今後植生調査の結果にもとづいて、他の帰化植物に関しても検討が必要である。

 

4 結論

 

三つの移植方法を比べてみると、それぞれ長所と短所がある。これらを応用する時は、地形やコスト、目標とする森林の状態や時間など条件によって組み合わせて用いると良いだろう。それぞれの移植地において、樹木や苗木自体は定着しているようだが、林床回復には課題が多い。根株移植地と高木移植地では竹チップの効果で帰化植物の侵入が抑えられることが分かった。林床移植地においては、土壌生態系と埋土種子の効果が実証されつつあるが、好ましくない植物の侵入もある。林床回復の手段としては、鳥や小動物による種子散布の効果を期待しながら、自生種を用いた補植等、人の手を加えることも必要になりそうだ。この生物多様性保全ゾーンにふさわしい里山的な森林を育てていくのは、移植地の樹木を取り巻く生態系そのものと、地域の人々、そして私たち(大学関係者)である。移植した木々が樹林化するまではある程度の年月がかかるだろうが、この過程で得られるものは計り知れないだろうと私は期待している。

 

 

引用・参考文献

 

石井実、植田邦彦、重松敏則(1993)「里山の自然をまもる」築地書館

上田恵介(1999)意外な鳥の意外な好み 上田恵介(編)「種子散布<助けあいの進化論1>鳥が運ぶ種子」築地書館pp.64-75

小南陽亮(1999)鳥類に食べられて運ばれた種子の空間分布 上田恵介(編)「種子散布<助けあいの進化論1>鳥が運ぶ種子」築地書館pp.17-26

中村俊彦(2001)2.5.2自然の維持・管理手法の基本 大澤雅彦(監) 財.日本自然保護協会(編)「生態学からみた身近な植物群落の保護」講談社pp.194-196

 

野間直彦(1999)鳥とけものがつくる照葉樹林 上田恵介(編)「種子散布<助けあいの進化論2>動物たちがつくる森」築地書館pp.1-10

広井敏男(2001)「雑木林へようこそ!―里山の自然を守る」新日本出版社

鷲谷いづみ(2001)「生態系を蘇らせる」NHKブックス916

鷲谷いづみ、矢原徹一(1996)「保全生態学入門―遺伝子から景観まで」文一総合出版

九州大学統合移転事業環境監視調査平成12年度報告書2.6.2鳥類