水田のこれから 〜農耕と人との関わりの回復〜

TE101195G 福島 健太郎

はじめに

 

 今、日本の水田では変化が起きている。

昔の水田は、水生生物の宝庫であった。春には水田の中にオタマジャクシが泳ぎ、夏には、ホタルやメダカが住み、秋の夕暮れには赤とんぼが群がり、カエルたちが冬を越すという生き物たちにとっては格好の生活空間であり、生態系が成り立っていた。また、私達もホタルや赤とんぼを眺めて、ひとときの安らぎを得ていた。

また、稲作は田植えから稲刈りまで決して一人でできるものではなかった。そこで、周りの近所の人たちが集まって協力し合って農業を営んできた。人との交流が密であった。

しかし、近年の土地開発によって生態系は崩壊されつつある。農地の宅地化、農業経営の合理化が進み、圃場整備、乾田化、農薬の使用などが行われ、生物の棲みかが奪われている。特に、最近まで身近だったメダカは絶滅危惧種(レッドデータリスト)に指定されてしまった。また、都市化に伴い、人と交流する場を失い、何となく孤独感にあふれている気がする。

ここでは、水辺の生態系について、長い間人間の生活と深く関わりあってきた、水田を中心に考え、環境の保全をするにはどうすればよいか、また保全を通して都市と農村が共存できる街づくり・人が交流しあえる場を模索していこうと思う。

 

 

§1 昔の水田の役割と機能

 

1−1昔の水田とは

 生物が多様に生息していた頃の水田は、水田と水路の段差はそれほどなかった。灌漑用水は湧水やため池を起源とし、水を上流から順に田に流し入れては、下流の水田でまた使うという方式であった。

 この灌漑方式には、大きく分けて二つある。一つは最上部の水田に導いた水を、そのままあぜ越しに次の田に順送りに入れて行き、下の田で水路に落とすもの(田越し灌漑 図1,1)で、もう一つは、脇の水路に小さな堰を作って水田に入れ、下の方で水路に戻し、さらに直下の水田が使い、また水路に戻すという用水路灌漑である(用排兼用水路 図1,2)。水路が両方あって片方を排水路専用として使う場合もある(用排分離水路)。

 いずれの方式にしろ、自然の流れを利用する伝統的なやり方では、水路の勾配や深さはそれほどない。水田もほぼ同じ面にある。そのため、遊泳力の弱いメダカやドジョウ、大きな川に住んでいる魚(フナ、ナマズなど)の稚魚にとっては安全な生活の場である。また、冬でもどこかに水が存在したので、多くの水生生物の越冬地という役割を担っていた。

 

1−2,1現在の水田と昔の水田との違い

 昔の水田は上に述べたように生物にとって過ごしやすい空間であった。しかし、以下のような現在の水田(圃場整備された水田)は、生物にとってすごしやすい環境であろうか?

 現在の水田(圃場整備された水田)で、昔の水田と一番大きく異なっている点は、水路と水田の段差が極端に大きいということである(図3,1)。水田の地中にパイプを通し、排水機能を高めるのである。水路と水田の差が大きいため、水田にはポンプを利用して水をくみ上げている。また用水路はコンクリートで固められ、直線的である。

 

1−2,2現在の水田の長所と短所

<長所>

 なぜ排水機能を高めるようにしたか? それは、水田を乾燥させやすくするためである(乾田化)。乾田化にすると、作業がしやすく、コンバインやトラクターなどの機械が導入できるのである。また機械が作業しやすいように水田は長方形になっている。

もう一つ、乾田化による利点がある。それは、水田を小麦や野菜を作る畑として利用することだ。稲作が終わった後すぐに田が乾けば、冬に小麦が栽培できる(二毛作)。また、用水路と水田が分離しているため、以前のように上から順に水を入れる必要がない。だから、夏でも一部の水田のみを、畑として利用することができるのである。最近は減反政策により、水田から畑にしているところもある。

 

<短所>

 乾田化により著しく生産効率は高まった。しかし、生物の棲みかとしてみると、冬に水がなくなったので、生物の越冬地が失われるという結果になってしまった。また水路が直線的で、水があるときは水流の勢いが強いため、卵やメダカが流されてしまう。更に、水流に流されるのを避け、水温が比較的高く住みやすい水田へ移動しようとするが、水路と水田の段差が大きく、水をポンプでくみ上げているので、水のネットワークが断たれている。その結果、ますます生物が減少してしまうのである。

また社会事情から、兼業農家が増えてきた。兼業にするとどうしても農業にかける時間を削らざるを得ない。そのため、水田を見て回る作業を削り、代わりに農薬散布という形で補おうとした。その結果、必要以上の農薬がまかれ、農薬は種を限定せず取り除いてしまうので、水田や水路に生息している生物は一気に減少してしまう。

この他、外来の生物(アメリカザリガニやウシガエルなど)が増加することにより日本在来の生物が減少している結果となっている。

 

§2 水辺の機能

 

 ここで、少し領域を大きくして水辺全体について見ていくことにする。もちろん、このことは水田にも通用することである。

 

2−1水辺生態系

 水辺の生態系にも陸上の生態系と同じようにネットワークが存在している。そのネットワークは大きく分けて二つあり、「食物連鎖」と「腐食連鎖」である。

 食物連鎖は、いわゆる「食べる、食べられる」の関係である。植物プランクトンが、ワムシ、ミジンコなどの動物プランクトンに食べられ、動物プランクトンは小さな魚に食べられ、小さな魚は大きな魚に食べられるという「生態系ピラミッド」の関係が存在している。

 また、このピラミッドの階層が一つ上がると、生物の現存量が約10分の1になるといわれている。それは、上の階層になるにつれて生物の体が大きくなるに加え、大きい体になれば、摂取したエネルギーから使われているエネルギーの効率が下がるからである。

 後者の腐食連鎖は、分解していくサイクルである。生産者である植物が枯れたものや消費者である魚の死骸や排泄物が水中の土壌に沈殿すると、バクテリアやカビなどの分解者によって無機化される。その結果として再生した二酸化炭素や窒素・リンなどが、再び生産者の植物の光合成に利用される。

 これらの二つのサイクルが噛み合って、生態系が成り立っていくのである。

 

2−2水辺の役割

近年、緑地空間としての水辺の役割は多様になってきている。主に3つに分けて分類すると、<生態系の機能>,<都市機能>,<教養・安らぎ>に分けられる。

 

<生態系の機能>

 水辺に固有な植物や動物を保護したり、豊かな湿地空間を保護したりする機能である。特に水田においては、小さな水生生物を保護するのに最適な場所である。

なぜ最適か?それは、水田は水の流れが非常に緩やかで、水温が太陽の光によって温まるからである。水が温かいと生物が活発に活動するようになり、山や下流域からも生物がやってくる。

 水田の稲やため池の葦などが水中の窒素を吸収して養分にし、それが稲刈りや土干し(数年に一度、ため池の水を抜く作業)により伐採されたり、上で述べた腐食連鎖の過程で土壌中の微生物の働きにより土中の窒素を無害な窒素ガスに変化させて大気中に放出したり(脱窒)して、持続可能な水質浄化機能の役割もしているのである。水田では、上に述べた水辺の生態系が、成立しているのである。

 また、冬にも水が残っている水田は、生物が生き残っている。その生物をえさにして、渡り鳥がやってくる。つまり、水田は湿地の役割も果たしているのである。

 

<都市機能>

 人間の生活において火災が起こることはしばしばである。そんなときに水辺(水田)があると、火災の延焼防止や、避難場所として利用できる。また、水田が蓄える水の総量は81億トンにも上り、水田の保水力は全ダムの3,4倍にもなる(食糧庁ホームページより)。だから、大雨が降っても、水田があれば、雨が水田に流入し、蓄えられるので大洪水を緩和させることができる。

 更に、工場と住宅との間に水辺生態系を挿入しておくと、もし公害が発生したとすれば、水辺生態系が崩壊し、例えば生物が死滅しているなど、何らかの見える形で信号が送られ、被害を最小限に抑えることができる。この他にも水辺に張った水が温められ、蒸発することにより気温の上昇を抑える温度調節機能もある。

 

<教養・安らぎ>

夕方、赤とんぼが舞い、夕陽が水面に光る光景を見たことは誰にでもあるだろう。それを見ると私は心がなごむ。また機械のない時代、米作りは一人では絶対できなかった。地域の人たちが協力をして作業を行っていた。これからも地域の人と協力する場を提供するというアメニティゾーンとしての水辺(水田)は有効ではなかろうか。

更に、休耕田になっている水田を小学校に与え、子供たちと農家の年配の方で稲を作り、メダカやオタマジャクシを飼い育てていくというプロセスを通して、人との交流ができ、多様な生物によって構成されている水辺の生態系を魚釣りや昆虫採集などの遊びを通して身体で学んでいくという教育・レクレーション機能もあるだろう。

 

§3 結論と提案

 

見てきたように、以前の水田は水辺の生態系を保護することや、私たちに安らぎを提供してくれるという必要なものであった。人と密着にかかわってきたのである。

しかし一方で、水田は放って置くとすぐに荒地になってしまうというデリケートな面を持っている。人の働きかけが必要不可欠なのである。すなわち、水辺の生態系保護にも人の手が必要なのである。

 いま工事が進んでいる九大移転地は、元来里山の水田用地であり、移転地の周囲も稲の緑が茂っている。そこで私は、九大移転地を中心に3つの提案をする。

 

@    休耕田を利用したメダカ池

 これは、九大移転地のみならず、減反政策により田んぼを休ませているところ(休耕田)にも言えることである。前にも述べたように、田んぼに住んでいた水生生物は、棲みかを奪われてしまった。特に、メダカはレッドデータブックに載ってしまうほどである。そこで、昔の水田で成立していた生態系を、休耕田を利用して維持していこうと考えるのである。

 

A    九大移転地での多様性水田の創造

 九大移転地には水源がある。その水源は、周囲の地元の農業用水として使われる部分もある。九大がきたから水が汚れたと言われたくない。そこで、九大と農地との緩衝帯として生物多様性水田を作ることを提案する。九大移転時の目標である「種を減らさない」ということを満たすには、無農薬の水田が最低条件である。無農薬でどれくらいのお米がとれるか研究してみたい。また、米作りのプロである地元の人と交流しあって、水田を作り上げていくことが都市と農村の交流の場となるのではないかと思う。

 私は、学部や団体にそれぞれの水田を与えて、それぞれを管理していくというオーナー制で管理するとよいと考える。それで、その土地それぞれどれくらい収穫できたか競争してみたい。

 

B    都市化に伴う水田景観の保全

 九大が移転してくることにより、都市が水田地帯へ足を踏み入れることになる。都市化に伴い、水田地帯がマンションやアパートへと変わっていくかもしれない。水田を持っていた人は、管理人となり、農業よりも収入がよいかもしれない。しかし、本当にそれでよいのだろうか?都市化に伴いある程度失うのはやむを得ない。しかし、これからは都市と農村が共存する街を形成していくべきだと考える。都市化したところでも、憩い、安らぎの空間としての水田は有効だと考えられる。

 また、私達学生のほとんどは、お米を作り育てていくということの苦労や魅力を知らない。お米を生産する過程を体験することにより、もののありがたみや農業の楽しさを発掘できるかもしれない。

 具体的には、周囲の人と協力して夏の水田の草取りや、収穫などのお米をつくる過程の中の一部を学生がバイトとして担当し、単位認定や収穫したお米の一部を報酬として還元するというシステムにしたらよいと思う。

 

 これらの提案からでも明らかなように、人の手によって保全が成立する。学校単位、地域単位で協力し合い、コミュニケーションをとりあって、その土地・活動にあった保全の策を提案することが、第1歩である。

 

 

引用・参考文献

    宇根 豊:「田んぼの学校」入学編(農文協)

       減農薬のイネつくり〜農薬をかけて虫をふやしていないか〜(農文協)

    井出 久登・亀山 章:緑地生態学(朝倉書店)162,163頁

    水田生態系における生物多様性(養賢堂)

    須藤 隆一:環境修復のための生態工学(講談社)

    守山 弘:むらの自然を生かす(岩波書店)第3章

 水田を守るとはどういうことか(人間選書)第5章

    小澤 祥司:メダカが消える日−自然の再生をめざして(岩波書店)第3章

    宇田川 武俊:農山漁村と生物多様性

    応用生態工学序説 第5章

    食糧庁ホームページhttp://www.syokuryo.maff.go.jp/museum/mame/report9.htm