道路照明や前照灯による影響の低減

                        

電気情報工学科 麻川 倫広

 

「一寸先は闇」という諺がある。今から三百年程前は数百万人の人々が住む江戸の街も夜になればこの諺の文字どおり一寸(=3.03cm)先が見えないほど真っ暗であったそうだ。ところが今日では東京(旧江戸)などの都市はもちろん、山間部までもが夜になってもさまざまな明かりで照らされ、昼間のように明るくなっている。都市の繁華街等を除いた地域ではその主な光源は道路の照明灯や車の前照灯(ヘッドライト)などである。もちろんそれらは安全のために欠かすことができない。しかし、それらの照明の光が道路の外に漏れることで道路の周辺に住む動植物に与える影響も少なくない。そこで実際に道路照明や前照灯が道路周辺の環境にどのような影響があるのか紹介し、その影響の低減のための対策を考察していく。また最後にこの考察をもとに九州大学移転地の生物多様性保全ゾーンとその周辺の道路の照明について提案したいと思う。

 

1.道路照明、前照灯による影響の例

 道路周辺の自然環境の状況によっては、道路照明や前照灯の光が道路外に漏れて夜間でも明るさが持続するため動植物に次のような影響が及ぼされると考えられる。  

@カメ類やホタル類などが産卵できなくなる。

A鳥類の巣が光に照らされることによって、産卵、育児行動に変化が出る。

B走光性(注1)のある昆虫類が道路照明や前照灯に誘引されて轢死し、それらを餌とする動物がさらに誘引される。

C自然の光環境のリズムが乱されることで動物の生活のリズムが崩れる。

D樹木が落葉期に葉を落とさなくなる。

E水稲やほうれん草などの作物への影響

(注1)    走光性:動物が刺激源に対して、その刺激源に向かうか、あるいは、反対方向に向かうなど、刺激源に対して一定の方向性を示すことを走性といい、この刺激源が光である場合を走光性という。虫が灯火に集まるのは正の走光性,ミミズが暗い方へ移るのは負の走光性。(新辞林など参照)

@〜Eの内、Bは走光性、C〜Eは光周性(生物が日照時間の変化に対して反応する性質)によるものと区別できる。@、Aについてははさまざまな要因が絡んでいると考えられる。そのうちホタルは九大移転地の生物多様性保全ゾーンで確認されている(具体的にはゲンジボタル)。そこで、上にあげた例のうち、ホタル類への影響についてもう少し詳しく説明する。

 

ホタルの発光と照明による影響

ホタルが光るということを知らない人はいないだろう。しかし、ホタルが何のために光るのか、また光り方にはどのようなものがあるのか正確に知る人は少ないのではないだろうか。そこで、まずホタルの発光について簡単に解説し、それを踏まえて照明灯などがホタルに与える影響を説明したい。

ホタルの発光のパターンとその目的

ホタルはただ光ったり、消えたりを繰り返して飛んでいるように見えるが、実は発光にはいくつかのパターンがある(特にオス)。主に「同時明滅」、「微光」、「刺激弱光」、「フラッシュ発光」の四つのパターンに分けられ、それぞれ光の強度、周期が異なっている。それぞれのパターンについて

「同時明滅」・・・ホタルのオスは同じ周期で一斉に明滅を繰り返しながら飛び交う。これを同時明滅と呼ぶ。規模や発光の周期は地域によって異なり、西日本ではだいたい周期が2秒前後になっている。同時明滅はオスがメスを探す行動のひとつされている。オスが同時明滅を行う間、メスはその周期に同調せず葉や茎にとまって固有のパターンで発光する。オスはこの発光のパターンの違いで、メスを認識するのである。

「微光」・・・休んでいる時のホタルの光り方は飛んでいる時とは少し異なる。弱い光をわずかに明滅させているだけのことが多く、これを一般に微光と呼ぶ。発光周期は1分間に1520回。

「刺激発光」・・・休んでいるホタルに突然風が吹きつけたり、歩いているとき体が急に不安定になったりすると急にパッと強く光ることがあるこれを刺激弱光と呼ぶ。発行の仕方は不規則で一回の発光が15秒以上続くこともある。

「フラッシュ発光」・・・飛翔中メスを見つけたオスは、メスに一気に近づく。そして、オスとメスで光のやりとりをするとオスがさらにメスに近づく。メスの傍にとまったオスは急に何回か続けてピカピカッと光る。この発光をフラッシュ発光と呼ぶ。写真を撮るときのストロボのような光り方で断続的に数回発光し、いったん休止し1015秒くらいおいて再び強く発光する、というパターンを数回繰り返す。オスのこのような発光の間にメスが反応して光を放つと、オスはメスに近づき交尾行動に入る。要するにフラッシュ発光はオスのメスに対するプロポーズなのである。

「同時明滅」や「フラッシュ発光」などからホタルが発光によりホタルどうしでコミュニケーションをとっており、それが生殖に深く関わることがわかる。

以上はホタルの成虫についての説明だったがホタルは卵、幼虫さらにさなぎの時も発光する。それぞれ光り方は少しずつ異なるが成虫のような明滅はしない。発光の目的は発光器の形成過程の中でただ意味もなく発光しているだけであるという見方、外敵に対する一種の警告シグナルでないかという見方などいろいろあるが本当のところはまだよくわかってない。

 

照明等がホタルに与える影響

ホタルの発光に関する以上のような性質を踏まえた上で、道路照明や車の前照灯の強い光がホタルに与える影響として次のようなことが考えられる。(出典:光害通信)

@ホタルのコミュニケーションを撹乱・妨害する

A飛翔発光活動を抑制する

B照明灯の光が広範囲の雄を誘引したり、撹乱させたりして配偶行動を阻害する

C特に、ホタルの幼虫は僅かな照明によっても発光活動を停止する(背光性)

ホタルは他の昆虫と異なり発光活動をし、それを使って互いにコミュニケーションを行う。そのため、照明の光による影響も他の昆虫への影響とずいぶん異なることがわかる。

     

.影響の低減のための具体的な対策

 1であげたような影響を減らすためには、光が道路外に漏れない灯具や、昆虫類が誘引されにくい光源を採用するなどの対策が必要である。そこで具体的にどのような光源、灯具が適切なのか調べてみたい。また、1でもあったように昆虫のなかでも特にホタルは照明等の光の影響を受けやすいので他の昆虫とは別にその対策を考える。

 

昆虫類が誘引されにくい光源

 昆虫などの誘引を防ぐのには、高圧ナトリウムランプ等の昆虫の感光スペクトルと異なる波長で分光分布をもつ照明灯の採用が有効とされている。(要するに昆虫が見えない光を出す照明にすればよいということ。)図1に示されているように、昆虫の反応する光の波長と人間の反応する光の波長は異なっており、多くの昆虫は近紫外線(波長の短い光)に強く反応する。一方、高圧ナトリウムランプは昆虫の反応しない波長の長い光(橙色)を出す。そのため昆虫の誘引を抑えるためには、高圧ナトリウムランプ等が有効なのである。ちなみに従来、街灯などに使われてきた水銀灯等は波長の低い光を含み、虫が集まりやすい。

また、高圧ナトリウムランプは他の照明灯に比べ発光効率がよく、経済的で電力消費の低減にもつながる。しかし、昆虫によっては黄色光に感度を持つものや赤色光に反応するものもいる。高圧ナトリウムランプの出す橙〜赤色光は植物の光合成作用の最も大きな波長域にある。その他、演色性(注2)に乏しいなどの課題もある。

 なお高圧ナトリウムランプは海外ではかなり普及しており、日本でも都市部や幹線道路などで普及しつつある。

(注2) 演色性:人工光源の性能の1つ。物の色を自然光で見た状態に近い色で表現しうる性能。演色性が良いものは、赤から青まで光のスペクトルをまんべんなく含む光。(新辞林など参照)